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もちろん宴会の席では俺は大人たちに大いに褒められた。
酔っぱらった男衆は酒が飲めるのは10年ぶりだと俺の肩を叩き、女衆は他の髪型はないのかと俺の肩を揺さぶってきた。
俺はギルドでハサミを借り、イオタをモデルにして前髪を作ってあげたら女衆は半狂乱。ちなみに妹らしくパッツン眉前である。
他にも他にもとせっつくので今度はイータをモデルに長めの前髪を作り、姉らしくクールにデコ出し横分けにしたらまたもや半狂乱。
女衆がバルドムのところに押し寄せて、村人用のハサミを用意して欲しいと詰め寄る事態になった。
その隙に、イオタは俺にパンと干し肉を添えたシチューを持ってきてくれた。一斉にみなが群がってきたから食べる暇がなかったのだ。
「ありがとう、イオタ。あれ、イータは?」
「おねえちゃんはトイレ」
「あ、なるほど」
そのままイオタは俺の横に腰を下ろした。
距離が近い。
ほとんどくっついていると言っていい。
これは俗に言う良い雰囲気というヤツなのではないか?
アレか? このまま幼なじみとゴール一直線コースなのか?
イオタは口を開いた。
「あのね、おねえちゃんの事でちょっと相談があってね」
見るとイオタは困ったような悩むような表情をして崖のほうを見つめていた。トイレに行ったイータを目で追っているのでだろう。
良い雰囲気と思ったのは俺の早とちりか。なんだそうか。
なんだそうか。
俺はパンをシチューに浸して口に押し込んだ。今日はあまり魚が獲れなかったので脂気は少なめだが貝が多めで旨味が強い。トマトの旨味と貝の旨味でパンが無限に食えそうだ。
「これ、おねえちゃん内緒にしてるから私に聞いたことは内緒にして欲しいんだけどね」
ほほう、勝気なイータが隠し事とは一体何だろうか。
俺は干し肉を噛みちぎった。村で作っている塩蔵の魚と同じような味付けなのに、噛むと濃い脂と獣臭が口に広がり俺はちょっと感動した。思えばこの10年間一度も獣肉を口にしてなかったのだ。
「おねえちゃん、たまに隠れて泣いてるの」
俺は驚いた。イータと言えば「勝気なエキセントリック・ガール」というイメージで思い込んでいたからだ。
イオタは顔をこちらに向けて続けた。
「その理由なんだけどね、ジッタくんぽいの」
おう、俺を仲間外れにしたやんちゃ坊主のジッタくんか。イータもいじめてやがったのか。
「ジッタくんは村長さんの家の子だし、子供の中で一番年上だからきっといつか村長さんになると思うんだけどね」
イオタはそこで言葉を切り、日が傾き陰り始めた崖の方を見やり言葉を選んでいるようだった。
「だからなのか、よくわからないんだけどね。おねえちゃん、ジッタ君に何されてもイヤって言えないのかなって」
何って何?
俺は唾を飲み込んだ。
「たまに、おねえちゃんね、、、」
俺は次の言葉を待ったがイオタは何かを見て黙ってしまった。
イオタの視線を追うと、イータが帰ってくるところだった。背筋を伸ばしてズンズンと早歩きでこちらへ向かってくる。
よく見かけるイータらしい歩き方だ。
イータはそのまままっすぐこちらに歩いてくると俺たちを見下ろすようにして言った。
「あたし、先にギルドに行ってるから。食べ終わったらあんたたちも直ぐに来なさいよね」
「え、もう?」
「今日はどうせロクに片付けしないでこのまま宴会よ」
見ると確かに女衆も酒宴の輪に加わって、いよいよ本格的に宴会が始まっていた。
「何、アンタもお酒飲みたいの?」
「いや、僕はいいよ。まだ10歳だし」
そういえばこの世界では何歳から飲酒が許されるのだろう?
ひょっとしてジッタなんかはもう呑んでるかもしれないな。
そう思って見てみてもジッタは酒宴の輪には居ない。
奴は意外なところに居た。
崖の方、つまり女子トイレの方からニヤニヤしながらゆっくりノロノロと焚火のほうに帰ってきていた。
あいつの家は直ぐそこ、つまり浜の方だ。
女子トイレのある方角には用がないハズだ。
ははん、なるほど。
「いいわね、アタシは早く字の勉強なんて終わらせて魔術の勉強をしなきゃいけないんだから」
そうイータは言い添えて踵を返そうとした。
俺は気づいた。
元々、イータは表情が豊かな方ではないが今のこの無表情は、これは怒りで顔が強張っているのではないかと。
俺は無理に笑顔を作って元気に答えた。
「いいね、やる気じゃないか。ようし、直ぐ行こう! もうお腹いっぱいだし!」
「え、オミくんまだ半分も食べてない、、、」
「いいのいいの、鉄は熱いうちに打てってね!」
俺はそのまま立ち上がり、近くに居た元友のニューとクシーに皿を渡した。
「食べ切れないからあげるよ!」
ふたりは顔を見合わせてから周りをキョロキョロと見渡し、近くにジッタが居ないことを確認すると皿を受け取った。
「いいのか、肉とパンだぞ?」
「初めて出たんだぞ?」
「うん、いいよ。僕はあんまり好きじゃないや」
ふたりはまた顔を見合わせた。
「コレもらったからって、また仲良くできる訳じゃないぞ?」
「そうだぞ、いくら肉とパンでもな」
「うん、いいよ。どうせジッタでしょ?」
ふたりはニヤリと笑った。
「そうなんだよ。アイツうるせえんだ」
「お前アイツやっつけちゃえよ」
そんな無責任なことを提案してきた。
「ニューとクシーがふたりでやってよ」
「ムリムリ、アイツ13歳だぞ?」
「チカラも強いしさ」
やっぱりそうか、色々見えてきたぞ。
だけど、ひとまず今はイータのケアが優先事項だ。
思えばイータは女児の最年長。
同じく男児の最年長のジッタの性的興味の標的にされてもおかしくない。
13歳といえば現世で言えば中一なわけで、ジッタの獣性が目覚めつつあるのだろう。
しかし遊び半分で俺の生徒にちょっかいを出して発電のオカズにするような真似はちょっと看過できない。
しかも2学年も年下の俺が先生として接してることに嫉妬して権力にモノを言わせ、子供たちに根回しし仲間外れにするなんて最低な行為だ。人として論外だ。
しかし、相手は村長の息子。
しかも2コ上。
思い出してみてほしい、小五のとき中一のお兄さんがどう見えていたか。
真っ向勝負のケンカでは勝ち目がない。
なにか別の意味で敗北感を与えて、かつイータから手を引かせねばなるまい。
良いアイデアは思いつかないが、とりあえす俺たちは連れ立ってギルドへ向かった。
俺とイオタで、イータを守るように挟んで歩いていった。




