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「それは出来かねます」
「なんだと? 我の誘いを断るか」
「古エルフの魔術を漏洩させるような状況に僕が陥れば僕は長官に殺されてしまいます」
「我が守ってやる」
「不可能です。長官はいつでも自由に僕を殺す事ができます」
「どうやって?」
「契約の呪いです。そのような契約を結ばねば古エルフの魔術は教わる事ができないのです」
もちろんでまかせだ。
でもこういうのって定番でしょ?
俺は長官の方を向いた。
「これくらいなら教えて構いませんよね?」
さて長官は上手く乗ってくれるかな?
長官は頷いた。
それを見たヴィート氏が改めて俺を引き寄せた。
そしてヴィート氏は続ける。
「そうか。では証明してみせろ。存在するかしないかわからん呪いとやらをチラつかせて交渉をコントロールされては面白くない」
そんな理由で人の命を賭けるなよ。
これだから元とは言え王族って奴は。
「では長官どうぞ。僕は充分生きました。長官の手で死ぬのなら悔いはありません」
もちろん冗談だ。
せっかくなんとか生きているのだ。
このまま終わりたくはない。
「ならん。サナ語を習得させ、あろうことか私よりも強大な魔術を放てるようになった弟子をむざむざ手放す訳にはいかん」
そう返事し、長官は振り返ってアダルベルト領主に向けて口を開いた。
「親父殿。十年ぶりに帰って来ておいて何だがこの状況だ。バルベリーニと戦火を開いてしまうことになりそうだが構わんな?」
領主は落ち着き払って答えた。
「我が娘よ、それは大いに問題がある。友好国の王子を祝宴の場で斬ってしまったとあってはバルベリーニ領主にも王都の国王にも申し開きが立たぬ。お主も国軍を敵に回すことになるだろう。それでは滅びの道だ」
領主も落ち着いているが王子たちも微動だにしない。
みんな肝が座ってるなあ。
長官が続ける。
「しかしこのままではエルフとの約束を破る事になる。我ら人族全てに呪いが向いてしまう」
上手い設定だ。
しかし、どう解決に誘導するのだろう?
「ならばその小僧を殺せば良いではないか。その魔術の才は惜しいが、それで未来へ禍根を残さずに済むのならば安いものだ」
やっぱそうなるよね。
え、ホントにやらないよね?
「それもそうだな。許せよ、オミ」
そう言いながら長官は腰に下げていたレイピアを引き抜くと、一切の躊躇なしに俺の心臓をめがけて鋭い踏み込みと共に突き出した。
マジか。
この世界の治癒魔術は回復力を強化するだけだって言ってたよな。
身から出た錆とはいえ、こんな終わりはないんじゃないか?
そう思った瞬間。
俺はもの凄い力で真横に引っ張られた。
首がもげるかと思った。
おかげで長官の剣は俺の脇の下をすり抜けて殺されずに済んだ。
ヴィート氏が硬い声で口を開く。
「戯れを真に受けるな。揶揄っただけだ。下手な冗談を披露したせいで友好国の絨毯を汚したとあっては我であっても親父殿に叱られてしまう」
些か乱暴ではあったがヴィート氏が助けてくれたのか。
首が痛い。
長官は剣を突き出したままの格好だ。
足を踏み込んで体勢が低くなっているのでヴィート氏を睨みあげるような感じになっている。
「心臓をひと突きだ。引き抜かねば血は出んぞ?」
「そういう事ではない。忘れておったがお主らポリオリの連中は冗談が通じぬのだったな。我が方に思慮が足らなかった。剣を納めてくれ」
長官はゆっくりと足を引き、剣を納める。
やはり王子たちは微動だにしていない。
そこにゆっくりとアダルベルト領主の笑い声が響き渡った。
「そうか冗談であったか。これは解せぬ我らが不粋であった。王子に詫びねばならない。冗談とは此様に愉快なものであったか。次年には我も何か披露できるよう用意するとしよう」
「それは楽しみにするよう親父殿に伝えておかねば」
ヴィート氏はそう返したが笑みはぎこちないものになっていた。
「ひとしきり笑って喉が渇いてしまった。リサよ、酒を注いでもらえるか。十年ぶりに娘の酌で酒が飲みたい」
長官はいつのまにか近くいた執事氏からワインボトルを受け取ると領主の側に移動した。
アルベルト王子が俺を見て口を開く。
「オミよ、其方は着替えが必要なようだな」
言われて見るとズボンが濡れている。
アレ、おしっこ漏らしたかな?
「兄上、私が」
「うむ、付いてやれ」
クラウディオ王子がすかさず寄ってきて腕を取り、連れ出される。
「すみません。絨毯を汚しちゃいましたかね」
「構わん。それよりもよく言い逃れてくれた」
「え?」
「あそこでお主がヴィートの申し出を飲んでいたら我らには止めようがなかった」
「そうなんですか?」
「うむ。人材は誰かの所有物ではなく自由意志を認めよと互いに認め合っているのだ」
「奴隷廃止みたいな協定ですか?」
「そうだ、ドワーフの扱いで以前揉めてな」
「ドワーフの引き抜きですか」
「結局ドワーフたちはバルベリーニには定住しなかったがな。あそこは良い石が出ないらしい」
「シュトレニアまで行っちゃったんですね」
「もしくは王都のような豊かな国にな」
王子の部屋でズボンを脱いでみるとパンツは濡れていなかったよ。
俺があの場所を退出できるよう長官が無詠唱で濡らしたのだろう。
そう言ったけど王子は信じてくれなかった。
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