147
ヴィート氏は俺に話を振ってきた。
「おい聞いたか、オミクロン。酷いだろ? 前々からリサ殿には結婚を申し込んでいるのだが、ずっとこの調子なのだ。何かといえば呪われるからやめておけ、と」
ヴィート氏に肩を抱かれ、引き寄せられてしまった。
「アダルベルト様にお願いしても連絡が取れないとあしらわれ、本人に手紙を出しても呪いがあるなどと拒否される」
芝居じみた悲しげな顔を俺に見せてきたが全然悲しそうではない。
「誰がどう見てもお似合いのふたりではないか! 両国にとっても良い事ずくめだ。ポリオリは農業に弱い! 我らバルベリーニには肥沃な土地があり優秀な農家が溢れかえっている。力になれる!」
なるほど実際そうなのだろう。
アダルベルト様や王子たちはにこやかにヴィート氏の演説を聞いているだけで何も言おうとしない。
長官は呆れたように鼻で笑うと口を開いた。
「お主らバルベリーニは、我らが困窮していた時には『主権を手放し属国になれ』などと迫ってきたではないか。それが懐中時計が発売され、私が国軍に配属された途端に掌を返しおって」
ヴィート氏は大袈裟に首を振る。
「それは父の采配だ。俺は違う。以前から俺は君の美貌に惚れ込み父に申し立てをしていたんだ。父の老い先が短くなって裁量を任してくれるようになったので、やっとこうして申し込む事が出来たんだ」
長官はそっけなく返す。
「私はアカデミーに入るまでずっと炭鉱で過ごして来たんだぞ。このような式典にも出席したことはなかった」
両手を挙げてヴィート氏は歓声を上げる。
俺はその隙に距離を取った。
「そう! アカデミーで俺は恋に落ちたんだ。それまでの時を全て忘れてしまう程に!」
なんと空虚な時間だろうか。
長官だけに留まらず、領主や王子たちの様子を見ればその求婚に可能性が無いことくらい察せらるだろうに。
「おいオミクロン、君からも言ってくれないか? 王子の教師をやるくらいだ。損得くらい勘定できるのだろう?」
長官を見ると腕を組んだまま片足に体重を乗せて立っている。
もううんざりって感じだ。
何か適当なことを言って長官をお助けせねば。
「ヴィート様、恐れながら申し上げます。私は長官の弟子にしてやると言われた時にこう問いました。『私が呪われて長官に魔術を放ってしまったらどうするのですか』と」
「ほう」
「すると長官はこう答えられました『その時は私の魔力で捩じ伏せる。力及ばす殺されてしまったらその時はその時だ』と」
「なんと」
「それに長官の船の兵士たちも全員が長官を信じて命を預けておりました。呪いは確かに在るかもしれないがそれでも、他の誰よりも長官の元に居たほうが生き残れると信じて」
芝居じみていたヴィートの顔が少しだけ真剣みを増した。
「領民の命を預かるヴィート様のような立ち位置にいる方はそのような賭けに出るべきではないかと存じます。国の行末に関わります」
前のめりだったヴィート氏はゆっくりと背筋を伸ばした。
「ふむ、ではオミクロン。代わりにお主が我が僕になれ」
毎度お読みいただきありがとうございます!
この感謝の気持ちをどう表したものか!




