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「お前、ここで何をしている?」
あーあ、声掛けられちゃった。
「東方統括部長官殿が化粧直しからお戻りになるのをお待ちしております」
「ハッ、くだらない嘘を付くな。リサ様はもう十年もお戻りになられていないのだぞ?」
「そう言われましても」
「この城の警備を預かる門兵の隊長であるワシの所にそのような報告は来ておらんのだ。その意味が分かるか?」
「いいえ」
それってお前が同僚から嫌われてるって意味なのでは?
と返したい所だが、俺は自分に甘いぶん人にも優しいのだ。
あまり人を傷つけることは言いたくない。
「そんな奴はこの城にはおらんという事だ。何を企んでおる。こちらへ来い。吐かせてやる」
無造作に腕を掴まれた。
ああ、なんてセンスのない掴み方。
本当に捕まえたいのなら俺の後ろに回って両の腕を取らなければならないというのに。
「お断りします。クラウディオ王子に呼ばれているのです。そちらが優先かと」
「先ほどはリサ様を待っていると言っていたではないか。この嘘つきめ!」
俺は声を荒げる偉そう氏を宥めた。
「お静かに。前室といえどここは王族のフロアですよ? マズイですって」
「お前に言われる事ではないわ! 良いからこっちへ来い!」
面倒くせえなと思ったら立ち塞がる影。
「何かご面倒でも?」
微笑みを唇の端に携えて立っていたのは執事長の執事氏であった。
ごめん、名前は知らないんだ。
「問題ない。王族の間に忍び込んだネズミを捕まえただけだ。今連行する」
「ガスプーチョさま、それには及びません。手をお離しください」
「こいつを知っているのか? リサ様を待ってるだの第三王子が呼んでるだの口から出まかせのガキだ。ほれ肩章を見ろ。こんなちびたガキが下士官だってよ、笑わせる」
執事氏は一段と声を低くして囁くようにしてガスプーチョ氏に迫った。
「良いから早く手をお離しなさい。そのお方は第三王子の内々の弟分で、本日、下士官になられたオミクロン様です。リサ様のお弟子様でもあられます」
「なんだと?」
俺を掴む手が緩んだので丁寧に手を添えて外させてもらう。
「おう、オミ待たせたな」
「リ、リサ様、、、」
背後から長官が現れる。
侍女の視線を追って目を向ければ両開きのドアの前にはクラウディオ王子が立っていた。
「姉君、遅いので心配しましたぞ」
「なんの、まだ城内の道は覚えておるわ」
「いえ、また兵たちと飲んだくれているのかと」
「もちろん乾杯はしてきたぞ。なかなか良い連中だった」
ふたりはガスプーチョ氏のことは完全無視。
俺は一応会釈だけしてふたりに続いた。
戸口の両サイドを固める兵はもちろん俺を止めなかった。
それどころか軽く頷いてくれた。
なんだよ見てたなら止めてよ。
一瞬はそう思ったが、あのふたりは広間に不審者や不相応な者が入らないよう防ぐのが仕事だ。
そちらを全うするのが優先か。
なら感謝しなきゃならないのは執事氏か、今度改めてちゃんとお礼しなければ。
広間に踏み込むとそこは別世界だった。
ドーム天井、シャンデリア、煌びやかな装飾。
広さはさっきのホールよりはこぢんまりしているが豪華さが違う。
そして女性が多い。
軍服に身を包んだ男性にエスコートされて見事に膨らんだロングスカートを靡かせて微笑む女性たち。
超ゴージャスな彼女らと比べるとさっき長官に付いてた人のドレスなぞ地味な方で、明らかに下女であることがわかる。
壁沿いやテラスには侍女らしき女性が立っているところを見るに、王族の超ゴージャス女性の全てに下女の付き添いがあることが分かった。
ええと、なんて言うんだっけ?
レディーズメイドだっけ?
メイド服を着てないお友達みたいなお付きってのが居るんだよね。確か。
などと考えていたら領主であるアダルベルト氏の歓談しているグループのところに連れて行かれた。
やべえ、トップ連中だ。
心の準備がまだできてない。
心の準備というか、どういう立ち位置で口をきけば良いのかポジションが分からない。
なるべく口を閉ざしてお淑やかにやり過ごそう。
「おお、君がオミクロンか! よろしく!」
いきなり硬く両手で握手されてしまった。
誰?
「こちらヴィート殿だ。バルベリーニ領の第一王子殿だ」
「ヴィート・バルベリーニだ。よろしくな!」
長官が紹介してくれたが、まだ手を離してくれない。
「オミクロンと申します、、、。どうぞ手をお離しください。私は平民です。勿体のう存じます」
「君は貧しい漁村出身なんだって?」
「左様でございます」
「まだ十二だって?」
「左様でございます」
「平民なのに何でそんな言葉遣いがちゃんとしてるの?」
「、、、皆様の所作の見様見真似をしているだけでございます」
「きみはまだここへ来てふた月なのだろう? 言葉遣いやマナーは誰かに教わっているの?」
「皆様からご指導承っております」
「それなのに第三王子の教師役もやってるんでしょ? おかしくない?」
「教師役というのは少々齟齬がありまして、実は王子と一緒に先輩方から教わっているだけなのです。弟分というか下僕ですので」
「、、、、」
「、、、あの、、、」
「ふむ、まあいいや」
やっと手を離してくれた。
今まで会った事のないタイプの押しの強さだな。
圧迫面接と言っても良いくらいだ。
「おい、あまり虐めてくれるなよ」
長官が諌めてくれた。
「興味があっただけだよ」
「らしくないな」
「そんな事ないさ。優秀な兵はいつだって歓迎だ」
「言っておくが、こいつも魔術を教える事はできないぞ?」
「そんなことないだろう?」
「呪われるからやめとけ」
「出た。それホントなのかい?」
「アカデミーに問い合わせてみろ」
「ふん、もう問い合わせたさ。その呪いのってのは無詠唱の話だろう? エルフの魔術が呪われてるなんて話はアカデミーには無いってよ?」
あ、その話か。
俺もポリオリに来たら古エルフの魔術は呪われるってみんなが遠巻きだったから詳しく聞いてないんだ。
なんか事情があるのだろうけど。
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