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次の日はちょっとした騒動だった。
畑仕事をしなければならない女性陣が一斉に椿の実を狩り、ローズマリーを狩り、そして絞った。
そして姉妹に群がり三つ編を習い、畔に座り込んでお互いの髪を梳き合い、結い合った。
昼前に浜で男衆と女衆が合流した時、男たちは見たことのない珍妙な髪型をして浮かれている自分の妻や母親を見て呆気にとられた。
そして鼻で笑った。
なんだその変な頭は、変な匂いだ、お前ら仕事ほったらかしてそんなことして遊んでやがったのか、といった感じだ。
それに対して女性陣は明らかに不機嫌になった。
妻が美しくなって嬉しくないのか、この匂いの良さが分からない男は鼻がおかしい、畑のことなんか知りもしないで、と応酬した。
俺はと言えば針の筵である。
オーバーテクノロジーをうっかり見せびらかせばこうした事態になることは重々理解していたはずなのに、、、
どうすれば良いんだ?
このままだと椿油や三つ編みを教えた俺が諸悪の根源てことにされそうだ。
しれっと「僕はステキだと思うなあ!」とか言えば良いのか?
かと言って男衆に紛れて嘲笑するわけにも行くまい。
ううむ、どうすれば、、、
と思っていたら案の定、
「あんたら男はあたしら女が悪いみたいに言うけど、そもそも、この良い匂いの油と素敵な髪の編み方をイータに教えたのはオミだって言うじゃないか!」
とうとう俺の名前が出てしまった。
とうさんが「本当か?」と目顔で聞いてきた。俺はおずおずと肯くと男衆は「そういうことならまあしょうがないか」という雰囲気になった。
村の大人たちは子供に甘いのだ。
だが子供は当然そうでもない。
「なんでそんなことしたんだよ?!」
怒声をあげたのは村長の息子のジッタだった。
村長ジルの息子で子供たちの中で最年長。当然子供たちのリーダー格だ。
もの凄い形相で睨んで来ているが、まだ12歳か13歳だ。アラサーの俺にはどうということはない。
「ごめん」
俺は素直に頭を下げて謝った。
前世では謝ったら死ぬという奇病が流行っていたが、俺は罹患してない。
俺は謝ることで事がスムーズに運ぶなら幾らでも頭を下げる。
なんなら靴も舐めようか?
クレーマーに土下座する根性がなくてコンビニの店長が務まるかってんだ。
俺の謝罪で場が収まり、さあ魚も捌き終わったしメシにすんべというタイミングでバルドムたちが桟橋の方から帰ってきた。
やけに足取りが軽い。ご機嫌だ。
「やあやあ、お前らなんだ急に色気づいて!
船が来るタイミングでその髪型は良かったぞ。元々魚も安定的に納めてるし、一等海尉殿が“村人の生活水準も上がっている”との評価を下さって、すぐにも正式に村として領土に組み込まれることになりそうだ」
バルドムはご機嫌だが俺たちはポカンだ。
この村が「正式」じゃないのも初めて聞いたし、何がどう変わるのかさっぱりだ。
「とにかく、前祝いって事でパンと干し肉とワインを頂いたぞ!」
そういう事なら分かりやすい。
みな歓声を上げ、お祭り騒ぎとなった。
男衆は品物を受け取りに桟橋へ向かい、女たちは大急ぎでシチューを仕上げた。
子供たちもなんだかわからないが興奮してその場をグルグル走り回った。
シオンも駆け寄ってきたし、年下の子たちも群がってきた。みんな笑顔で俺も嬉しくなってきた。
笑いながらグルグル走り回っていると、突然、突き飛ばされた。
俺は派手にコケ、膝を擦りむいてしまった。
見上げるとジッタが腕を組み仁王立ちして俺を睨みつけていた。
「ちょっと大人に褒められたからっていい気になるなよな!」
まだ誰にも褒められてないのだが、まあいいだろう。どうせこれから男衆にも女衆にも褒められるだろうしな。
「そもそもなんなんだよお前。首にそんな布とか巻いてカッコつけやがって!」
そこ?
吸魔石を入れて首に巻いてるズタ袋の切れ端がカッコ良いのか?
「子供のクセにギルド員と仲良くしやがって、気に食わねえんだよ!
オレらはもうお前を仲間だと思わないからな!」
まあ、色々言ってるが、要は俺が気味悪いんだろう。急に中身が大人になったんだからそりゃそうだよな。むしろ正常と言える。年長のリーダーとして年下の子たちをよく見てたんだろう。
なかなか律儀で偉いじゃないか。
「仲間と思わなくていいよ」
俺はそう答えた。
ジッタは「え?」って感じだ。泣いて許しを乞うと思ったんだろうが当てが外れたな。孤独は慣れてる。バイト君たちにもシカトされてたしな。
「泣いたって許さないからな!」
ジッタはそう言い捨てると子供たちを引き連れて焚火の方へ向かって歩き出した。
シオンが申し訳なさそうにこちらを見ていた。俺は気にするなよという意思表示で肩をすくめたが伝わったかどうか。
まあいいか。




