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 先頭の魔術兵たちのところにも三〜四匹のコウモリが飛び交っている。どうやら人を狙わない訳ではないようだった。


 前線で風魔術を使う兵は八名。

 随分と少ない。

 ウチの隊には倍居る筈だ。

 そういえばさっき何人かローブ姿の者を見たので負傷兵や馬の治療に回しているのかも。


 コウモリに噛まれると熱を出して死ぬって長官が話してたもんな。


 魔術兵は二人一組になってお互いを守っているが、何人かは手から血を流している。


 詠唱をしている兵にコウモリが取り付き肌が露出している顔の方へ這っていくのをもう一人が掴み取って地面に投げつけ足で踏みつけるという対処法らしい。

 どちらも辛い。


 王子が怒号を挙げた。


「我々が替わる! 引け! もし魔力に余裕があればお互いを解毒せよ!」


 第三小隊の魔術兵は振り返りホッとした表情を見せた。

 何人かはその場でへたり込んでしまった。


「魔術兵、前へ! 第一波いくぞ! 詠唱開始! 歩兵は両サイドから守れ!」


 二人一組になった魔術兵八組が横並びに前に出て詠唱を始めた。


 空を飛ぶコウモリは数を増やしている。


「精霊よ、風の精霊よ。矮小なる我らのためにその力を貸したまえ。木を薙ぎ倒す暴風をもって我が眼前の障害を除きたまえ。テンペスタ!」


 術師たちの手から風が生まれ暴風の壁となって落ち葉を前へと押し出した。

 昨日のリハーサルでも見たけど凄い威力だ。


 しかし大人の身長を越すほど降り積もった落ち葉は十メートルほど押し出されただけだ。

 これを数キロ続けなければならない。


 次の術師たちが前へと走り前線を押し上げ詠唱を開始する。

 街道の両側に配置された歩兵たちは飛来する新たなコウモリを落とさんと槍を振るうが相手はヒラリヒラリと避けてしまう。

 俺や王子のところにもコウモリがやってきた。


 王子や騎兵たちはお互いを切らないように距離を置いて刀を振るう。

 俺は帯刀していないので彼らの邪魔にならぬよう離れた。コウモリが近づいてきたら両の手をみっともなく振って追いやるくらいしかできない。


 試しに小さな土球を作ってコウモリを狙って放ってみたが当たる訳もない。


「前進!」


 副隊長を務める騎兵の号令で俺たちは前線の魔術兵たちへの距離を詰める。

 本来なら魔術兵は二人が交互に詠唱を唱えもっとテンポよく前進する筈なのだが控えの兵がコウモリに対処しなければならないため横一列のタイミングも合わずなかなか前へと進まない。


 しかもコウモリは何故か歩兵たちを無視して魔術兵たちを主に狙って集まっているように見える。


 なんでだ?


 王子のところにもあまり向かわない。


 さっきまでは馬を集中的に狙っていた。

 振り返ると騎兵には多く群がっている。

 更にその奥に控える衛生兵たちにもだ。


 俺にもだ。

 俺は両手を振ってコウモリを追いやる。


 もしかして薄着の者を狙っている?

 王子はフルアーマー、歩兵は皮の防具で身体を覆っている。

 薄着な方が血を吸いやすいからそっちを狙うのか。

 馬は言うまでもなく裸だ。

 だから馬を集中的に狙ってたのか。


「王子、王子! ちょっと僕を守ってください!」


 王子に近づいてそう声を掛けると俺はローブを脱いで中に着ていたシャツも脱いだ。


「何をやっておる?!」

「僕は動きませんからお願いしますよ!」


 俺は硬く棒立ちになった。

 目で追うと何羽かのコウモリがこちらへ近づいてきた。

 王子が一匹を切り落とす。


 一匹は俺の背中に取り付いた。

 爪が痛い!

 それ以上にキモい!


「王子〜!!」

「動くな! ロレンツォ!」


 俺の後ろに居た騎兵が背中のコウモリを切った。


 怖くて目を開けられないが気合いで開けて辺りを見渡す。

 やはり多くのコウモリがこちらへ狙いを代えているように見える。


 急降下してきたコウモリが俺の髪の毛にしがみつく。

 やめて!


 王子が切る。

 次のが腕に取り付く。

 ロレンツォ氏が切る。

 次のがズボンに取り付く。

 王子が切る。


「前進!」


 副隊長の号令が聞こえ、王子が刀を下ろした。


「ゆくぞ!」

「はい!」


 走りながらロレンツォ氏が怒号を挙げた。


「金一封が欲しい歩兵は居るか?!」


 ピクリとこちらを振り向いた歩兵が二人走ってきた。


「よし、脱げ! アレッサンドロ、マッティーヤ! こちらの二人は任せたぞ!」

「はっ!」


 二人の騎兵は有無を言わさず、命令の意味が分かっていない歩兵のヘッドギアを毟り取って投げ捨てた。


「早く脱げ!」

「はっ!」


 そうこうしていると俺にまたコウモリが取り付いた。

 王子が切る。

 ロレンツォが切る。


 顔にコウモリがへばりつく。

 俺は絶叫する。

 引き剥がしたい。

 しかし動いたら腕か指が落とされる。


 王子が黙って切る。

 ひん剥かれた歩兵二人も絶叫している。


「前進!」

「ゆくぞ!」

「はいー!」


 ひと組の魔術兵がコウモリに引っ掻かれて血が出たと言って後方に回ろうとしたが俺たちを見て引き攣った顔をして前線に戻っていった。


 いや、止血くらいはしてもらっていいんじゃないか?

 しかし見下ろすと俺もなかなかの血まみれだった。


 え、爪で引っ掻かれただけなら死なないよね?

 これは主にコウモリの返り血だよね?


 ひとまず俺は前線へ急いだ。


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― 新着の感想 ―
オミ、度胸あるな~。すごい。
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