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厩舎ではその場で偉そうにする練習をさせられた。
俺は馬を連れてきてもらったり手綱を渡されたりする時にいつもペコペコしているらしい。
抜き打ちでテストもしてくれると言う。
みんな優しい。
ひとしきり練習して一息ついたその時に馬子さんのひとりに不意に声を掛けられた。
「おやオミさま、お髪にゴミが」
「あっ、すいませんありがとうございます」
早速ペコペコしてしまった。
皆にクスクス笑われる。
「ええー、なんて言えばいいんです?」
「自分で髪をはらって『どうだ、取れたか?』と聞くんです」
なるほど。
取ってもらっちゃいけないのか。
俺は髪をはらった。
「どうだ、取れたか?」
「はい、大丈夫でごさいます」
「うむ、ありがとう」
「ほらまた頭を下げた!」
「ぐぬ、、、」
マジで難しい。
あと数日で習得できるだろうか?
◇
翌朝、メイドさんには書き置きを残して部屋を出たのだが、馬の世話から戻ったらメイドさんが部屋の前に立って待っていた。
俺専用って訳ではないが、このフロアをよく担当している子で、豊かでふんわりとした赤毛をひとつに纏めている俺と同年代の子だ。
「オミクロンさま、頂きましたメモの件は全メイドに通達しておきました。我々にお気遣いありがとうございます」
「ああっ、すみません。逆にお手数をお掛けしてしまいましたね!」
おれは頭を下げかけて止まった。
そして言い直した。
「うむ、迷惑をかけるな」
どうだ、これで良いだろう。
と思ったがメイド嬢は表情を曇らせた。
「ええと、何か良くなかったかしら?」
メイド嬢は少々もじもじと躊躇した後に口を開いた。
「差し出がましいようですが申し上げます。今のは王族の方々のとる態度です。もう少し控えめな方が悪目立ちしないかと存じます」
偉そう過ぎたって事か。
え、難しい。
「何と答えるのが相応しかったでしょう?」
「そうですね、オミクロンさまの年齢も考慮しますと、、、」
メイド嬢は考え込んだ。
「申し訳ありません。口を出しておきながら正解が分かりません。そもそも私は何を言ったのでしたっけ?」
「ええと、メモの件は通達しておきました。と」
「ああ、そうです。で、我々にお気遣いありがとうございます。と続けたのでした」
そうだったかも。
「そうですね。お礼に対してお礼を返すのは難しいですね、、、。 では、ただ微笑み返すのは如何でしょう?」
なるほどその手があったか。
下手に喋らねばボロは出しづらいかも。
「ありがとうございます。ではその線で行きますね。ちょっと練習しておきます」
頭を下げないように注意しながらそう答えると、メイド嬢は僅かに小首を傾げて軽やかに微笑んだ。
普段は真面目そうに口元を真一文字に引き締めているだけにそのギャップに破壊力がある。
めっちゃ可愛い。
まったくなんで女の子ってこんなに可愛いんだよ。
反則だろ。
俺は微笑み返そうとしたのだが照れてしまい、微妙に視線を逸らしてのぎこちない歪んだ笑みになってしまった。
クソ。
メイド嬢にも笑われてしまった。
頭を掻きながら部屋に入ろうとすると後ろからメイド嬢に声を掛けられた。
「それから、オミクロンさま。トイレは使って頂いて構いませんからね?」
もう絶対自室ではウンコが出来なくなってしまった。
あんな可愛い子に俺の汚物を片付けさせる訳にはいかない。
そんなの恥ずかしくて死ぬかも。




