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気になった俺は聞いてみた。
「他にも美味しいものが?」
「塩漬けにした生の魚を刻んだ白キノコと漬け込んだものがあるんですがね、、、?」
「美味そうじゃないですか!」
「結構なクセがあるんですよ」
「ほうほう。無理はしないんで大丈夫ですよ」
「なら、、、」
オラヴィが戸棚から新たに手のひらサイズの小さな甕を取り出した。
これは素焼きじゃなくて釉薬を塗って焼いたものなのか表面が艶やかだ。
そして蓋がしてあり蓋は樹脂か何かで固めてある。
その樹脂をナイフでパキリと切り開けると腐敗臭に似た独特な臭みとアルコール臭が鼻をついた。
中身を慎重に小ぶりなニ叉のフォークで掬い上げると三枚におろした魚の身が現れた。
白キノコはグズグズに溶けている。
それを薄く切った白キノコに乗せて渡してくれる。
「いただきます」
キノコごと半分ほど噛みちぎると芳醇な香りが鼻をつく。
嫌な感じはしない。
咀嚼してみれば程よい塩味と酸味、新鮮な魚の爽やかな香りがして、後から強い旨味が口に広がった。
カツオの塩辛のようなニシンの切り込みのような、日本人の酒呑みなら何処かで食べたことのある珍味のような味だった。
確かにクセは強いが申し分なく美味い。
俺はすかさず酒を煽った。
酒と共に喉を通り過ぎればクセの部分だけが無くなり旨みと良い香りだけが口に残った。
「、、、これは酒が進みますねぇ」
「おお、やはり魚を食べつけてる方は違いますなあ。故郷でも同じようなものはあったんで?」
「うちの村は塩漬けの燻製を主に作って軍に納めてたんですが、、、」
つらつらと話をしながら呑んでいると酔いが回ってきた。
酒が空けば女将さんが注いでくれる。
肴がなくなればイェネクト氏が渡してくれる。
立ったまま呑んでいるからなんだか立ち飲みの居酒屋みたいだ。
ドワーフたちは和やかで愛嬌があり、俺を立ててくれるので大変居心地がよい。
ヤバい。
このまま呑んでいると潰れるまで飲んでしまう。
迷惑をかける前に帰ろう。
俺は酒を褒め、肴を褒め、迎え入れてくれた礼を丁寧に述べてからこの場を辞する旨を申し出た。
「そうですかい? なんなら泊まっていってもらっていいのに」
「アンタ、酒臭い二日酔いでお城に朝帰りなんかしたら先生だってクビになっちまうよ」
「そうなんです。明日も授業がありますし」
「それもそうか。じゃあ先生、次は翌日が休みの日にいらしてくださいよ。次の休みはいつです?」
「来月のゾロ目の日ですかね、、、?」
「じゃあ、四月の四日だ。三日の夕刻にお待ちしてますよ。なんなら炭鉱のほうの飲み会にお連れ差し上げてもよろしいですよ」
あ、炭鉱は見てみたいな。
長官がどんな幼少期を送ったのか知りたかったのだ。
「お邪魔じゃないですか?」
「何をおっしゃいます。我々ドワーフにとって客人は誉れですよ」
カイエンでも同じようなことを言われたな。
それならちょっとお邪魔しよう。
ワインは樽で用意した方が良さそうだな。
なら無駄遣いはできないな。
今度こそちゃんと代金を支払おう。
そういえば明日は執事氏からの講習があるんだった。
予めちゃんと相談しておこう。
工房を辞した俺はそんなことを考えながら夕闇に包まれつつある城下町を歩いた。
あちこちから夕餉の匂いがした。
パンを温め直した匂い。
干し肉を炙った匂い。
シチュウかスープの豊かな匂い。
俺は初めて領主の庇護下の民の存在を意識した。
彼らのこの平穏な暮らしを守るためにも王子にはしっかり勉強して頂かなければ。
なんか、いつの間にか責任のある仕事をしてたんだな。
王子とは結構打ち解けて冗談を言い合う仲になったが、下手なことは言えないんだな。
俺の軽はずみな言動で何かのバランスが崩れたら何が起こるか分からない。
なんにせよ何かの重要な決定について口出しするのは避けるようにしよう。
俺はコンビニの店長であり、漁村のガキなのだ。
何かしら良くないことの原因なんかになったら俺のメンタルは崩壊だ。
帝王学を躾けられてきた長官や王子とは違うのだ。
忘れるな。
俺のすべきことはシンプルだ。
筋トレ、勉強、女に優しく!
もし何かこれに追加するならば、余計なことはするな、だ。




