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 俺たちは山を越えて今度は降りに入った。

 道らしい道はないが王子はルートを把握しているようだ。

 木の間を抜け、枝をくぐり、岩を避けて進み、崖に近いような斜面を斜めに下っていく。

 そんな困難な道だが手綱の操作は必要ない。

 全て馬任せである。

 王子の馬は時折り脚を止めるのでルートの確認をしているのかもしれない。


 馬ってホント優秀だな。


 そんなこんなでポックリポックリ降りて来て二時間ほども経っただろうか。

 いい加減腹が減ってきた。

 この感じだと昼までに城に帰るつもりでは無さそうなのだけど王子は食事をどうするつもりなのだろうか。

 王子は斜め掛けの簡易な背嚢は背負っているが、二人分の食料が入っているようには見えない。


 一日くらい食わなくても死にはしないとか言い出すのだろうか。

 そろそろ馬にも食事をさせなきゃいけない頃合いではないだろうか。


 飯が気になる。

 俺は何気に食いしん坊なのだ。


 そろそろ王子に聞いてみようかと思ったら細長い草原に出た。

 不思議な感じで帯状に広がっている。


「さ、走るぞ!」

 

 王子が声を掛けて走り出した。

 俺も遅れて付いていく。


 風が流れて心地よい。

 馬もなんだか嬉しそうだ。

 特になにかそうしたそぶりがある訳ではないが何となく気持ち良さそうなのだ。


「付いてこい!」


 王子が鞍から尻を上げ、襲歩で駆け出した。

 全力疾走である。


 俺も慌てて付いていく。

 ちなみに俺は襲歩は初めてだ。


 凄いスピードだ。

 飛ぶようにとは正にこのことだ。

 明らかに原チャリよりも速い。

 揺れが凄いからそう感じるとかじゃなくて本当に速い。

 しかも舗装路ではないのだ。


 そして馬ももちろんだが乗る側の太腿も尻も背筋も総動員だ。

 これは中々厳しい。


 襲歩をしていたのはほんの一分か二分だったろうがもう無理だった。

 速度を落とそうと思った時、王子も速度を落とした。

 前方を指差している。

 目をやると小川が流れてるのが見えた。


 俺たちは馬を草原の端に寄せ馬から降りた。

 王子は手綱を木の枝に結び鞍を外しに掛かった。

 馬を撫でて落ち着かせ腹帯の左のバックルを緩め、回り込んで右のバックルを外す。


 なるほど、それだけか。

 俺も真似して腹帯を緩め外した。

 外した鞍は低い木の枝に乗せて、毛布も馬の背からはがして広げて干す。


 王子が馬の汗拭きタオルを投げてよこした。

 タオルといっても現代人の知っているパイル地のふかふかのタオルじゃない。

 ただの厚めの布だ。


 パイル生地っていつ頃からかあるの?

 切実に欲しいんだけど。

 こっちのゴワゴワのタオルは飽きたのだ。


 馬を拭いてやり蹄の詰まりを木の枝でほじってやりブラッシングもする。


 王子の荷物はタオルとブラシだけだったようだ。

 全くの馬きちがいめ。

 食事よりも馬が大切か。


 川があっても網や釣具がなければ魚も取れないではないか。


 馬たちは川の方をチラチラと見て水を飲みたそうだったが息もまだ荒いし飲ませられない。

 運動して直ぐに水を飲ませると飲み過ぎて下痢をしてしまうらしいのだ。


 暫くすると諦めて足元の草を食み出した。

 この辺りはシロツメクサやクローバーが絨毯のように埋め尽くしている。


「よし、では魚を獲ろう」


 何言ってんだ?

 網も竿も銛もないだろうに、、、。


 王子は砂利を踏み小川の小さな段差辺りを覗いている。

 ちゃんと魚がいるポイントは知ってるんだな。


「おお、居るいる。オミは下流でスタンバイだ」


 あ、そうか!

 俺は理解した。


 網や竿がなくても俺たちには魔術があるのだった。

 俺は走って五〜六メートル下流に移動した。


「ライトニングを落とすからまだ水に濡れるなよ?」

「OKです!」

「精霊よ、雲の精霊よ。大地を焦がす雷を与えたまえ。金属の鎧も貫く灼熱の閃光をもって我らを助けたまえ。ライトニング!」


 段差の淀みの中心に光が落ちた。

 本物の雷と比べればミニチュアサイズもいいとこだが確かに五十センチほどの驚くべき眩さの閃光が甲高い破裂音と共に水面に柱を立てた。


「ヨシいいぞ!」


 靴と靴下を脱ぎながらそれを見ていた俺は慌てて立ち上がり川に足を踏み入れた。

 春とはいえ水はまだ相当に冷たい。

 川床の石に転びそうになりながら流れてくる動かない魚を捕まえた。


 四尾目を手にしたところで両手が一杯になってしまったが、それでもまだ魚は流れてくる。

 オロオロしていると王子もまた慌てて下流へ走った。


「何をやっておるのだ、岸へ投げろ!」


 俺を通り過ぎて更に五〜六メートル奥へ行き、ブーツを脱ぎながら王子はそう叫んだ。


 なるほどそうか。

 俺はアンダースローで優しく魚を投げると流れてくる魚を取っては投げ取っては投げを繰り返した。


 王子もまた俺が見逃した魚を拾っては投げた。


 魚が流れてくるのが終わると王子は岸に上がり選んで小さな魚を川へ投げ戻した。


「こ奴らはまだ生きておるからな。小さいのは食うのが面倒だから生かして返す」

「大きく育ってから食べるのですね」

「うむ」


 王子は腰に付けたナイフを抜き、魚の頭を落として内臓を抜いた。

 少々驚いたが、頭をそのまま残したがるのは日本人だけか。

 後頭部の肉が美味いんだけどなあ。


 ロッコ氏もマグロの頭を捨ててたしな。

 アレは未だに悔やまれる。

 頬肉だってあったのに、、、。


 頭を落とした魚を草の上に並べると十六尾あった。

 たいして大きな魚ではないがひとり八匹も食べれば腹も膨れるか。


 早速料理かと思いきや王子は馬を迎えに行った。


「さあ、もう飲んでもよいぞ」


 そうか。

 馬が水を飲んでたらライトニング漁は出来ないもんな。


 物事には順番があるのだな。

 俺はひどく納得した。


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