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 王子の午後遅くのあらゆる稽古の中で騎士団と共に行う馬術がハイレベルすぎてついて行けないのは前述したが、それ以外にも苦手な稽古がある。


 魔術兵と共に行う魔術教練である。


 まず、俺が長官の教え子で古のエルフの魔術の使い手という設定は皆に知れ渡っている。

 俺としては王子と一緒に魔道師範から色んな魔術を教えてもらいたいのだが遠巻きにやんわりと避けられてしまうのだ。

 呪いの話もみんな知ってるだろうし仕方ないところはある。

 なので結局王子に教えてもらう事になる。

 そうすると「アレ? なんか凄い魔術使いなんじゃないの?」とヒソヒソされる。


 そもそも、最初に王子があんな風に俺を紹介したのが良くなかった気がする。



 あれは初めて魔術教練に参加した日、、、


「おいオミ。あの魔術を皆に見せてやれ」

「え、どれです?」

「氷の箱のヤツだ」

「ええ、では」


 俺は口の中でゴニョゴニョ言うと中空のガラスキューブを作ってみせた。

 おお! と盛り上がる魔術兵たち。

 おずおずと師範氏が訊いて来た。


「オミ殿、それはどのように使うので?」

「え、何にも使えません。ちょっと面白いだけです」


 みんなドン引きだったよ。

 王子だけが誇らしげだった。


 そりゃあそうだよね。

 戦で使う攻撃魔術を研鑽してるところで全く役に立たない魔術を見せられても困るよね。


 引き攣った笑みで師範氏が続けたよ。


「それは素晴らしい。他に何か戦場で使えるようなものは、、、」

「戦場ですと、、、塹壕掘りくらいですかね?」

「塹壕?」

「ええ、ただの穴掘りですよ。こういうヤツです」


 俺は横長の穴をガバッと掘ってみせた。

 深さはさほどではないが取り除いた土を片側に積み上げたので充分身体を隠せる感じになる。


「ええと、、、これはどのように使うので、、、?」


 あ、しまった。

 塹壕戦は第一次世界大戦からか。

 ウォーターボールなんかではつまらないかと思って変に気を使ったのが仇となった。

 今更繕ってもおかしな事になるから普通に使い方を教えておこう。


「平原で敵と衝突する場合にこの穴を長い距離作っておいて、身を潜めて相手を攻撃するのに使います。馬も穴を怖がるので敵の進軍スピードも落とせます。地面さえあればどこでも拠点を作ることが出来ます」


 やはりドン引きだった。

 言葉も出ないらしい。

 そしてやはり王子だけが感心していた。


「なるほどな。エルフというのはかような卑怯な手を使うのか。移動するエルフを幾つかのエルフの居なくなったドームが迎え撃ったという話を聞いたがエルフに損害が出なかったのはそういう訳か」


 うーん、多分違うと思う。

 でもナイスリカバー。

 何人かは頷いてくれてる。


 てか、ポリオリでの感覚だと隠れて敵を迎え撃つのは卑怯な手口なんだな。

 それが知れただけ良しとしよう。


 そもそも、今まで俺が使って来た魔術は大体が生活密着型である。

 ところが王子が稽古するのはもちろん戦争で使う攻撃魔術だ。

 しかもこれが広範囲を狙うものから剣術に組み込んで使う小規模なものまで多岐に渡る。

 もちろん各々に得手不得手があるので全ての魔術兵がそれらを駆使できる訳ではないらしい。


「そういえば、我々も使う普通の魔術は使えぬのか?」


 お気楽に王子が聞いてきた。

 普通の魔術ねえ。


「ウォーターボールとか、、、」

「それではつまらぬな。派手なのはないのか?」

「あ、フレイムピラーなら出来ますよ」

「おお、それは良いな。力一杯やってみせろ」


 え、フレイムピラーを大きく出すのはやったことがないからどうやるか分からない。

 ウォーターボールなら大きな水球を作れるんだけど。

 単純に多く魔力を注ぎ込めばいいのかな?


 よく分からないので精霊にお願いする。


『今からフレイムピラーを唱えるけど、俺の魔力を1/4ほど使って派手目に炎を立ててくれないか?』


 そして口の中で小さめに唱える。


「精霊よ、火の精霊よ。気高き炎で我らを守りたまえ。地より噴き上がる業火をもって我らにその力を示したまえ。フレイムピラー!」


 臍の辺りから魔術が吸い出されると、フレイムピラーを立てようとした場所に空気が集まり出した。

 空気はつむじ風のように吹き上げ、温度を上げ、周囲の景色を陽炎のように捻じ曲げたかと思ったら、聞いたこともない甲高い轟音を上げて炎が空を貫いた。


 ひらけた場所でやって良かった。

 演習が外で良かった。

 近くに人が居なくて良かった。

 死人が出なくて良かった。

 俺も無事でよかった、、、。


 炎は城の高さに迫る程だった。

 吸い込まれるように強い風が吹き何人かはよろけて尻もちをついていた。

 

 見ると地面に浅い穴が開き、中では溶けた砂がグツグツとマグマのように赤く煮えていた。


 ヤバい。1/4でコレか、、、。

 俺の保有する魔力量が増えているのかもしれない。

 魚介類から離れてるから減ってるのではと思い、昆布をひと欠片しゃぶってから来たが必要なかったみたいだ。

 毎晩、寝る前に長官から教えてもらった鍛錬(瞑想)を続けているからだろうか?

 あれをやると良く眠れるのだ。


 てか、それよりこの場を取り繕わないと、、、。


「はっはっは! 流石は姉君の弟子だな! 見ろ、地面が煮えているではないか! 高さも凄かったな!」


 王子が腰に手を当て高笑いしていた。

 おおらかだな。

 たまたま怪我人が出なかっただけだが、ちゃんと加減したと信頼してくれているのだろう。

 ヤバいヤバい、本当に本当に気をつけよう。


 騎士団や門兵の何人かが教練場の入り口に集まり何事だったのか訊いている。

 目を向ければ城のテラスや窓からも幾つもの顔が覗いており、王子が呑気に手を振っていた。


 光と轟音は城の中にも届いていたらしい。

 こりゃあ、呼び出しと大目玉を食らいそうだな。



 こんなことがあって、魔術教練の皆さまからは距離を置かれているのだ。

 あれなら呪われてやむなし、などと陰口を囁かれているようだ。


 ま、確かに怖いよな。

 王子がお気楽な性格で良かったよ。


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