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トンマーゾに連れて行かれたのは城外。
城の門を出て橋を渡って直ぐ右手にある二階建ての集合住宅風の宿舎だった。
正門はもう鉄の扉を閉めていたので脇の通用門を開けてもらい、蝋燭のランプを借りる。
ランプはコップに短い蝋燭を落とし込んだような感じ。一応上部に皮の幌が付いてる。取手はない。
持って歩くと幌のおかげで光が直接目に入らないので足元を見やすい。
ちゃんと考えてあるんだな。
“キャンドル”や”ルチェ・ソラレ”ではこうはいかない。
宿舎は石積み。
前に見たドワーフの工房もそうだが城下町の家々の多くは土壁だったから軍の施設か何かだと少し気になっていたが文官の宿舎だったとは。
そうだよな。
いくら城がデカいっていったって政府関係者全員が城に住んでる訳じゃないよな。
家族がいる人だって居るだろうし。
ということは、ここは言ってみれば独身寮といった感じかも知れないな。
独身寮の扉の前に着くとトンマーゾはドアノッカーでドアを叩いた。
程なくすると覗き窓が開いた。
「どちらさんで?」
「文書館のトンマーゾだ。ウベルティに用がある」
トンマーゾはランプを掲げて自分の顔を照らした。
閂を外す音が聞こえドアが開けられた。
「どうぞ」
「うむ、すまんな」
中に入るとやはり廊下は真っ暗。
開けてくれた人は自室と思われる部屋に戻っていった。
廊下の奥には開いている扉があった。
暗くてよく見えないが扉から顔を覗かせている。
「遅くにすまんな」
「いえいえ、何事でしょうか?」
「ちと相談に乗ってもらいたいことがあってな」
「そうですか、どうぞどうぞ」
招かれて部屋に入るとやはり独身寮らしい。
デスクとベッドだけがある狭い部屋だった。
俺の部屋と似てる。
デスクの前の壁に造り付けの蝋燭台があり、火が灯っている。
トンマーゾは自分のランプの火を吹き消した。
ウベルティ氏はデスクの椅子に座り、トンマーゾは置いてあった丸椅子に腰を下ろした。
俺は立ったままである
「相談といっても大したことじゃない。今、国史を編纂していることは知っているな?」
「ええ」
「そこで各地域の状況も記しておきたいと思ってな。しかし四十を超える全ての国を網羅するのは余りに膨大で煩雑が過ぎる。そこでアーメリアを大まかに何分割かしてその土地の特徴だのを大雑把に捉えたいと考えてな」
「ははあ、それは自然をベースに区分けしたいということですか?」
「それがどうすべきか決めかねてな。気候や河川の流域で分けても分かりやすいとも思うのだが、かつての同盟関係や交流の濃さ、或いは血筋でまとめた方が歴史として把握しやすいやもしれんと思う訳だ」
「なるほど、、、」
ウベルティ氏は立ち上がり丸めて書棚に刺してあった羊皮紙を机の上に開いた。
アーメリアの地図だ。それをじっと見つめて考え込む。
ウベルティ氏は二十代後半から三十代前半といった感じで小柄で細身。
いかにも文官て感じのエリート感がある。
ゆるくウェーブした金に近い薄い茶色の髪を背中まで伸ばしている。
「ウベルティ、今すぐ返事をくれと言っている訳ではない。何か良い案が思いついたら教えてくれんか?」
「そうですか。どうも私も政治戦略的に考えるクセが付いてまして自然や民族、風習で区分するのは難しいかもしれません。ちなみに幾つくらいに区分することを想定なさってますか?」
トンマーゾは俺を見た。
発言していいのかな?
「初めまして。トンマーゾ様の国史編纂をお手伝いしているオミクロンといいます」
「ああ、君がそうなのか。話題になっているよ。あちこち巻き込んでクラウディオ殿下に勉強を叩き込んでいるそうだね」
「恐れ入ります。実は今回のこのお話も王子の地理と名家の授業に使わせて頂こうと考えてまして」
「なるほど」
「なので政治勢力や、経済的な結びつきで大まかに区分できればと考えております」
ウベルティ氏は改めて地図を見た。
「一番簡単な区分は北と南と中央で分ける方法かな」
「なるほど、それはどんな理由で?」
「これはイリス教に対する考え方の勢力図だね」
「宗派が違うのですか?」
「そうなりそうなんだ。元々イリス教は弱者救済と読み書きの伝播こそが活動の本懐だった。それがいつのまにか死後の国に行けるかどうかを信仰心で測るような宗旨に変化して来ている」
そうなのか。ちょっとイリスもちゃんと勉強しないとヤバいな。
しかし今聞いたところ宗教団体としてはそちらに流れていくだろうということは分かる。
最初はイリス信仰の拡大が目的だったろうが、もはやアーメリア全土に広がり国教みたいになってるもんな。
そしたら金や力を求めるのが当たり前だわな。
「なのでカイエンから遠い北は伝統派。中央は中立。南部は革新派と捉えることができる」
「なるほどな。しかし三つでは余りに大まかじゃの」
「あの、その三つをさらに三つ四つくらいの勢力図に分割できると理想的な数です。もちろん一枚岩なのなら無理に別ける必要はありません」
「そうじゃの。ちとそれで考えてみてくれんか?」
ウベルティ氏は改めて地図を眺め、振り向いてトンマーゾと目を合わせた。
「非常に興味深いのですが、余りにも高度に政治的です。私ひとりでは少々荷が重い所がありますので宰相にも判断を仰ぎたいと思いますが、よろしいですか?」
「そうじゃな。場合によっては王子の授業用だけにとどめ、国史には書き残さずともよい。その辺の判断は王と宰相に任せる」
ウベルティ氏は頷いた。
「では、遅くに邪魔したの」
「いえ、こちらにも有意義な時間でした。何かありましたらまたいらしてください」
俺も深々と頭を下げるとランプの火をもらい部屋を後にした。
宿舎を出ると空に冷たい銀色をした月が出ていた。
あと数日で満月といったところか。
「こりゃあ、宰相に止められるかも知れんな」
「ですねえ。軍事機密っぽいですもんね」
「王子の勉強には良い案なんだがなあ」
「国のトップの会議で話すような内容ですもんね」
「ワシも知りたかったんじゃがなあ」
この御歳でまだ学びたいのか。
さすがは文書館の主。
俺たちはとぼとぼと城へ帰っていった。




