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 王子の授業が終わり、テレジオ氏の部屋に向かうとまずドアに耳を近づけ話し声が聞こえないか確認した。

 王子が居るなら出直そう。

 だって弟の恋文を目の前に出されたら第一王子も興味を持って見たがるに違いないじゃないか。

 見せても良い物かも知れないが、なるべく生徒のプライバシーは守りたい。


 俺の前世の弟もやたらと俺の干渉を嫌がってたしな。


 暫く聞き耳を立てていたが話し声は聞こえない。

 俺は姿勢を正してノックをした。


「入りたまえ」


 よし、テレジオ氏の声だ。

 俺は厳かにドアを開けると頭を下げた。


「お邪魔いたします」

「そんなに畏まらないでおくれ」

「ありがとうございます。件の手紙をお持ちしました」


 俺は早速手紙を出す。

 テレジオ氏は薄手の手袋をはめてから手紙に手を伸ばした。


 あら、そういうのがマナーなのかしら?

 確かに王族はみんないつも手袋してるよな。


 王子はペンを持つ時は外すけど指紋を残す意味とかあるんだろうか?

 俺は素手で触ってるけど不味かったかしら。


 テレジオ氏は一語一語を丹念に読んでから改めてざっと見直し顔を上げた。


「うむ、これなら問題ないと思う。王子のお人柄が伺えるよい手紙じゃな」

「ありがとうございます。ええと、ミカエル様はクラウディオ王子の手紙を『杜撰だ』と評してらしたんですが、この手紙でどのような部分が良くないか教えていただけますか?」

「ワシはこれで充分だと考えるが、各々好みってモンがある」

「はい」

「ミカエル殿は王都が長いらしいから、より美麗な恋文を望まれるのだろうな」

「ほほう、、、」

「王都近郊の貴族のやり取りはもっと宗教みが強いのが好まれると聞く」

「それはイリス教ですか?」

「それもあるがイリスが流布する前の民間信仰を引用して花の女神だの豊穣の女神だのと例えて相手の美しさを褒め称え、もちろんイリスの教典からも引用して自分の愛の強固さを説いたりする。それがより思いのこもった美しい恋文であると評価されるそうだ」

「ははあ、、、そういうのと比べたらクラウディオ王子の文章はそっけないですね」

「そうだな。あとは王都で流行している詩や演劇を引用したりするのも好まれるそうだ」

「なるほど。しかしこの地では王都の流行なぞ知りようがないですもんね」

「そう。だから田舎者扱いされてしまう。王都周辺の人間は自分がどれだけ王都に近いかが自慢の種になるほどだからな」


 まあ、どこでもそうか。

 『東京ディズ◯ーランド』みたいなもんか。


「以前、キアラ王女の手紙を拝見したことがあるが、あちらは王都に近いにも関わらずそうした流行を追うような表現は見当たらなかったから、彼女にはこの手紙で問題ないと思う」

「王子の婚約者が良い人そうで良かったです」


 テレジオ氏はカラカラと笑った。


「随分とハッキリ言うな。クラウディオ様に好かれる訳じゃ」

「婉曲表現を知らないのです」

「それでよい。腹芸なぞ貴族に任せておけば良いのだ」

「貴族に生まれなくて良かったです」

「本当にそうじゃぞ。神に感謝することじゃ」


 そう言ったテレジオ氏は微笑んではいたが何処か寂しそうであった。

 テレジオ氏は王子の教師になるくらいだから貴族出身なのだろうが、なんかあったのかな。


 俺がいくら率直といえど、聞いても良い物か判断が付かないので頭を下げて部屋を辞することにした。

 腹芸はできないが、これでも気を使っているつもりなのだ。


「手紙だけでなく、授業のことで何か知りたいことが有ればいつでも来てくれて構わない。この時間であれば大体は空いている」

「よろしいので?」

「ああ、君はあちこちで老人を巻き込んで楽しげなことをしているようではないか。使える手は多い方がいい」

「ありがとうございます! 近々、地理と近代史、それに関連する貴族をまとめて授業できないか画策中なのです。僕自身全く知識がないのでレジュメのチェックなどしていただけると百人力です」


 テレジオ氏はまたカラカラと笑った。


「思ったより大変そうだな、、、よいよい。いつでも来てくれ」


 俺は改めて深々と頭を下げた。

 マジ良い人で良かった。


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