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俺はルカ氏に手紙の追記はアリかナシか尋ねに行った。
ルカ氏が言うには追記する文化はあるにはあるが、王族の恋文として相応しいかどうかは判断できないとのことだった。
それではとルカ氏に、テレジオ氏に聞いてみても失礼に当たらないかと訊ねてみた。するとちょっと意外そうな顔をした後、お主なら良いのではないかと返事が返ってきた。
どういうことかと聞くと普通は教師同士というのは知識の差において弱みを見せたがらないから反目とまでは行かなくとも仲良くすることは余りないとのこと。
そうなのか。こないだ会った時は好々爺って感じで仲良くしてくれそうだったけどな。
まあ、失礼に当たらないならそれで良いか。
俺はテレジオ氏の執務室の場所を教えてもらうとルカ氏の案内を断り単独で乗り込むことにした。
場所は第二王子の教師であるミカエル氏の部屋の隣だったから直ぐ分かった。
ここは何度か呼び出されて叱られたからな。
ドアに鍵の掛かる偉い人たちのフロアだ。
ふたりは同じ扱いなのに俺だけ鍵なしの下層フロアなのは仕方がないことだろう。
プロとアマチュアの差だ。
俺は成人すらしてないしな。
同じ扱いなどされたら逆に恐縮してしまう。
俺は優しそうなテレジオ氏の顔を思い出し、気楽にドアをノックした。
「入れ」
あれ?
随分と若い声が返ってきた。
恐る恐る扉を開けるとそこには第一王子らしき人が居た。
初めて見るが、明らかに仕立ての良いピッタリサイズの服を着て、デスクの前のソファに座ったまま顔をこちらに向けている。
テレジオ氏もデスクに付いて笑顔をこちらに向けている。
「あ、お取り込み中でしたか。失礼しました。また改めて訪問させていただきます、、、」
俺は頭を下げて扉を閉めようと後ずさった。
「待て。お主オミクロンだろう?」
高圧的な感じはしない。
「はい。左様で」
「まあ、入れ」
「では、失礼します」
俺はおずおずと部屋に踏み込んだ。
第一王子には初めて会ったがクラウディオ王子よりは赤みの強い茶の髪を肩に触れる程度まで伸ばし、目は明るい茶。
クラウディオ王子がやや柔和で女性的な顔立ちをしているのに対ししっかりした顎を持ち、鼻もやや鷲鼻で父親の血を濃く引いているのが分かる。
クラウディオ王子と別ベクトルのイケメンだ。
父親はお堅い感じがしたがアルベルト王子は顔は似てるのに華やかな雰囲気がある。
モテそう。
「姉君のことを聞かせてくれ。壮健か?」
「はい。今は船を降りてカイエンに居るはずです」
「ほう、そうなのか」
「ええ、船で海に出ているうちに司令部の副長官二名が異動になったらしく、また上層部から長官職をおざなりにしているのではと嫌疑を掛けられ対処に当たっていると聞いています」
「どれくらい基地を空けたのだ?」
「詳しくは知らないのですが、おそらく一年ほどかと」
「ふははは、姉君らしい! この家にいた時も炭鉱に篭るかドワーフの工房に篭るかでいつも居なかったからな。しかも、とんとん拍子に偉くなっているという情報だけが軍から伝わってくるから親父殿も迂闊に手が出せん」
第一王子は長官と仲が良かったのかな?
たしか第一王子は確か十八歳と聞いた気がするから長官のみっつ下だ。
「姉君は一体何を狙っているのだ? お主は聞いているか?」
「長官はとにかく旅が好きで旅を続けたいとおっしゃってました。広大なサナの土地を見て回りたいと」
「つまり目的はないと?」
「ああ、それと別にエルフのドームの謎を解きたいともおっしゃってましたね。古い書物を集めて研究なさっているようです」
王子の目が僅かに見開かれる。
「それは解明できそうなのか?」
「どうなんでしょう? 僕にはさっぱり、、、」
「ふむ、そうか、、、」
何か考え込み始めた王子を見てテレジオ氏が口を開いた。
「それでオミクロン殿、こちらにはどのようなご用件で?」
「はい、ご教授賜りたい事がありまして参りました。クラウディオ王子とその婚約者との書簡の書き方についてなのですが」
「ほうほう?」
「結びの言葉まで書いた後に追記として何かを書き足すのは失礼にはあたりませんでしょうか?」
「ああ、追記。『P.S.』のことじゃな?」
「はい、それです」
テレジオ氏は深く頷いた。
「一般の手紙に使うのはごく普通の事なのだが、王族ともなると紙代をケチっていると思われないために書き直すことが多いな」
「なるほど、、、」
「しかし効果的に使えばむしろロマンティックかもしれんな」
「ははあ、、、?」
「もちろん相手も誰かが添削していることくらい承知しているが、それを掻い潜って大切なメッセージを残そうとしたと思ってくれる可能性もある」
「なるほど。では書き上がりましたらチェックをお願いします」
「あい承知した。ではルカに預けず直接ここへ持ってきてくれ」
「よろしいので?」
「うむ。言い回しなど、その場で直接お主に教える事ができればお主の為にもなるだろう?」
「それは助かります、ありがとうございます!」
やっぱりテレジオ氏は優しかった。
マジ助かる。




