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ポリオリでの暮らしのルーティンも少し変わってきた。
空が白んできたら起きたら先ずは厩舎へ走って向かう。
俺の部屋から厩舎まではのんびり歩くと30分掛かってしまうのでそれでは色々と間に合わない。
だから走る。
短い距離だがトレーニングにはなってるはずだ。
厩舎の掃除、馬への餌やり、汗拭き、ブラッシングを済ませる。
走って部屋に戻ると朝食が準備されている。
いつも決まって黒パンとスープだ。
スープといってもわりと具沢山。
大体はジャガイモ、カブ、ニンジン、タマネギ、そして何らかの肉が入っている。
ポトフと言った方が正確かもしれない。
肉は塩蔵の豚肉か軽く塩漬けされた鶏肉だ。
豚と鶏は甲乙付け難い。
どちらも美味い。
ケンタッキーで言うところのドラムや胸の部分はもちろん肉が多くて申し分ないが、脇腹のあたりや手羽にあたる部分も味が良くて捨てがたい。
毎日、必ずどれかひとつしか入ってないのがギャンブル性があって飽きない。
ちなみに、厩舎のトレーナーの方々と朝食をご一緒させてもらったこともあるのだが、こちらも同じメニューなのだが、なんと肉が入っていないのだ。
こちらは肉は出汁だけ。
やはりこんな俺でも王子の教師ということで待遇は良くしてもらってるらしい。
蛇足だが厩舎の方々は馬子と呼ばれ、城の下働きの中で一番身分が低いのだそうな。
それを聞いて俺は憤慨した。
馬は資産価値の高い国の宝で重要な戦力でもある。
それを預かる方々を何だと思っているのか。
有事に馬の調子が悪かったら勝てる戦も勝てはしない。
馬糞だって畑の大切な肥料なのだ。
なんなら馬子さんが一番重要ですよと厩舎で息巻いたら馬子さんたちに好かれた。
さすが先生だけあって子供なのに物事の優先度がよく分かっている、と評価されたようだ。
そんな流れで朝食をお呼ばれしたのだが、肉の訴求力には勝てない。
なにしろ俺は育ち盛りなのだ。
たんぱく質が必要なのだ。
もちろん、馬子のみんなには朝食は同じメニューだとだけ伝えておいたよ。
恨まれてもヤダし。
そんな訳で馬の世話が終わるとまた走って部屋に戻る。
部屋に用意された朝食を一人で食べる。
この肉は誰にもやらん。
急いで朝食を食べ終わるとこれまでと同じように王子と剣術である。
剣術の先生は城の騎士団の師範役の初老の人物である。
第一王子は騎士団長が、第二王子は副団長が指南役と決まっているらしい。
それぞれが別の場所で稽古を行う。
兄たちは城内の剣術場と弓術場で、俺たちは外の魔術場で行う。
雨でも外だ。
差別かなとも思ったがこういうものらしい。
王子も不満に感じたりしてないようなので俺が何か言うことではない。
ここでの剣術は盾を持っての片手剣である。
子供用の短い軽い剣が用意されているが、それでもやはり扱いにくい。
王子にこてんぱんにやられる。
俺みたいなド素人相手では王子の剣が上達しないのではないかと危惧したが、俺を相手にするようになって王子の剣はとても良くなったとのこと。
師範氏がそう言って喜んでいた。
大人相手にやらされてる練習よりも下手でも同年代とやる方が良い時もあるもんな。
ある日、俺が余りに下手なので師範が、船で多少の剣術の稽古はやっていたのではないのか、と聞いてきた。
俺は正直に船では両手剣を使い、殴りや蹴り、組み付きありの野蛮な剣術ばかりに注力していたと答えた。
それでも一番下っ端でしたけどね、と付け加えて。
すると王子が興味を持った。
王子はそうした亜流な剣を相手したことがないのだそうな。
その場ですぐさま練習試合となった。
俺は剣を棍棒に持ち替え、王子に相対した。
王子は躊躇することなく理想的なフォームで剣を打ち込んでくる。
俺はそれを左右に弾いて捌く。
先程まで通用した剣が通じず王子は驚いていた。
これが両手のチカラなのだよ王子。
剣を大きく弾き、身体が開いた王子の懐に潜り込み肩で体当たりを喰らわす。
バランスを崩した王子が慌てて下がりながら振り下ろしてきた剣をスカして今度は王子の右足にタックルを決めた。
反時計回りに回転するように引き倒し、首元に棍棒の先を突きつける。
王子の機嫌を損ねるかなと少し心配したのだが、王子は素直に感心したようだ。
「こんな戦い方があったとは」
「オミ殿、次は私と」
師範氏にそう言われ、正眼で構えた。
師範は無造作に足を踏み出し剣を下から振り上げて攻撃してきた。
変則的な攻撃で俺はギョッとした。
これは避けざるを得ない。
下がった俺の足を狙うように大振りの横薙ぎで追撃してきた。
これなら止められる。
俺も下から振り上げるように師範の剣を弾く。
その瞬間、あっと思った。
斬撃がやけに軽かったのだ。
俺の力を利用してスムーズに大上段になった師範の剣は俺が体勢を立て直す前に俺の肩口に打ち込まれた。
完璧な一撃である。
もちろんこの剣は練習用なので俺は死んだりはしない。
俺は参りましたと師範に頭を下げた。
師範氏が王子に対して口を開く。
「王子、正当な剣術を磨けばこのような変則的な剣術にも対応できるものです」
「そういうものか」
「はい。攻撃は盾で捌き、相手を必要以上に近寄らせない。基本こそが大事なのです」
確かに、全く近付ける気がしなかった。
こちらから仕掛けたら盾で止められ突きでやられる。
待ちの姿勢でもさっきの様に崩される。
剣で剣を止めるとその力を利用されてしまう。
なるほど、達人は凄いな。
「僕もそう思います。僕のやり方では師範に全く近寄れません」
「ふむ」
「オミ殿の剣術も悪くはない。一般兵相手なら通用するだろう。しかし王族は別です。王族を打たんとする腕利きの精鋭を連戦で相手にしなければなりません」
「なるほど、そうか。そうだな」
王子は深く頷いた。
俺も深く頷いた。今の師範氏との短い試合で学ぶことが多かった。
本音を言えば、本当に突き詰めれば強いのは両手剣なのではとは思うところもあるのだが、研ぎ澄まされた片手剣の凄さを見た気がする。
フルアーマーだろうと軽装だろうと相手にせねばならない。
そういう気概を感じた。
面白い。
何かに秀でた人からそれを教わるのはやはり楽しい。
そのまま全てを受け入れる必要はない。
使える部分を自分のものにすれば良いのだ。
その証拠に師範氏は王子のいない時に俺に改めて手合わせを求めてきた。
奴も何かを吸収したいのだ。
いいとも。俺の野蛮な寝技に誘導する剣術を見せてやろう。
俺はあえて盾を持ち片手剣で立ち会った。
そしてこちらから行かせてもらう。船でよく見たように大振りの横薙ぎからスタート。
師範氏は色々やれたと思うが素直にこちらの意図通りに盾で受けてくれる。
こちらは反撃をさせぬようにそのままの勢いで相手の盾に蹴りを入れる。体重の乗った前蹴りである。
まともに蹴りを受けた師範氏は負けじと押し返そうと前のめりになる。
そこでこちらは盾も剣も捨てて地を這う様な踵を狙う片足タックルである。
時計周りにクルリと回転して師範氏を転ばす。
一瞬馬乗りになり、こちらを押し避けようと出してきた腕を掴んで十字固めに入る。
まずは師範氏に抜け出せないことを確認させ、ゆっくりと肘を締め上げる。
タップを知らない師範氏があげる呻き声ですぐさま手を離した。
「面白い!」
師範氏が声を上げた。
「国軍ではこのような体術を教えているのか!?」
「いえ、それはないです。長官の船では狭い船に乗り込まれた時にどう対処するかという想定で稽古する者が多くいました。短剣やレイピアやアックスなどです」
「船の狭い廊下で応戦か、なるほど、、、」
「相手の脚に組みついて倒すのは僕が持ち込んだスタイルです。腕力がなくても自分より大きな相手を引き倒すための戦術です。一対一でないと通用しない脆弱な技ですが」
師範氏は地面に座り込んだまま腕組みをした。
「いや、それでも大したものだ。時というのは流れてゆくものなのだな。老いを感じたぞ、、、。それはそうと、王子を引き倒した時と私を倒した時と回り込んだ方向が逆だったな。それはどうしてだ?」
「それはですね、、、」
俺はタックルの基本を教え、打ち込み、打ち込ませた。
「なるほど、なるほど。そういうことか。いや、実に理に適っている!」
「当たり前のことを素直にやるだけなんです」
「うむ、然り!」
師範氏はひどく納得してくれた。
他にも船の皆がやっていたような合気道っぽい引き倒しなどを披露して師範氏は満足したようだった。




