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そしていよいよ次の歴史授業だが、特別講師であるマッテオ氏は朝の剣術の稽古の時間から観客として参加し、横から檄を飛ばしていた。
めっちゃ元気なジジイである。
朝飯も城兵たちと食堂で若者に負けじと摂っていたらしい。
そして文書館での講義である。
俺は板書をするために黒板の横に立ち、マッテオ氏は黒板の前に釈台を設えコップに水を用意した。
バン!
ジジイは机を叩いた。
「クスカの争いの決戦当日、その日は朝から雨じゃった!」
おお、いきなり始まった。
俺は後ろからマッテオ氏の肩をつつく。
「なんじゃ?」
「始まりの戦争の始まった原因とか世界情勢とかエルフが何でいなくなったとか、それくらいから始めてもらっていいですか?」
「そんなに前からか?」
「はい、一応、歴史の勉強会なんで」
「そんなんじゃ盛り上がらんじゃろうに、、、まあええわい、、、」
マッテオ氏は目を瞑り、改めて段取りをしているようだった。
そして、、、
バン!
また机を叩いた。
「ある日、リンゼンデンの住人はエルフどもが突然に隊列を組み大荷物を持って城を出ていくのを呆然と見守っておった!」
おお、ちゃんとリクエスト通りにやってくれてる。
「エルフどもが去り不安がる者たちも多かったが、程なく別の都市から別のエルフ達がやってきた。人々は安心した。人はエルフの指示なしには種まきも水やりも収穫もできなかったからだ」
マッテオ氏は王子、ルカ氏、トンマーゾ氏を順に見ると続けた。
「ご存知の通り、当時のダンジョンは巨大な都市としての機能をまだ保持しておった。楕円形の巨大なドーム状の城、城というより都市、都市というより一つの国といって良い程の巨大さだった。中央に聳え立つ世界樹は白く輝き、ドームの中は隅々まで明るく照らされておった」
おお、世界樹。
この部屋と一緒だな。
「地上は四階、地下には無限に階層を重ねるその都市の機能について、エルフより人の長の数名が言伝を賜っていたらしい。しかし、、、」
バン!
また机を叩いた。
「ドームの外に暮らす人々は見ていた。エルフがひとっこ一人居なくなって、次のエルフも来なくなり、主人の居なくなったドームの頂きに聳えるそれが枯れて行くのを。白く輝いていた世界樹は輝きを失い、たちまちに萎れ、あろうことかドームごと地中に呑まれていった!」
マッテオ氏は水を一口飲んだ。
「リンゼンデンの人の長たちがエルフから何を聞いていたかは分からん。しかし言説に依れば彼らは居住区の気温を上げようとしていたとか、水をもっと多くだそうとしたとか。なんであれ、彼らはダンジョンの操作を誤り、破壊し、沈めてしまった。ドーム内に居住していた人族は全て、数千人が地中深くに飲まれてしまったのだ、、、」
俺を含めた四人の観客は口を挟むことなくマッテオ氏の話に耳を傾けている。
「残されたドームの外の人間は途方に暮れた。彼らもまたエルフから種籾をもらって外で畑を営んでいたからだ。収穫した野菜をドームに収めればパンがもらえたのだ。これから誰にパンをもらえばいい? 誰から種籾をもらえばいい? 人々は混乱に陥り、近くの別のドームへと流れていった。それがディーヌベルクだった」
ははあ、それは揉めそうな流れだな。
「ディーヌベルクの人間はリンゼンデンの人々を拒否した。ディーヌベルクのドームの外にも人が住み、畑を営んでいた。最初の衝突はそこで起きた。飢えたリンゼンデンの民がディーヌベルクの畑から作物を盗んだのだ。城外は戦争状態に陥った。しかしドーム内の人間は扉を閉じて頑なに開けようとはしなかった。ドーム外の人間を見殺しにしたのだ」
厳しいな。
「ディーヌベルクの城外は地獄と化したが暫く後に城外を取り纏める者が現れた。その者は男達を率いて狩りをし、女たちに呼びかけて畑仕事を再開した。種籾は無かったが育つものは何でも育てた。城外には新しく城外の暮らしが出来あがり、ひとつのドームの中と外に別の国が生まれた。その惨状は他の都市にも伝わり、聞いた人々は震え上がった。明日は我が身だと」
バン!
「各都市は武器になるものをかき集め、城外にバリケードを築き難民の来襲に備えた。近くの都市同士がお互いを守る戦時協定を結んだ。都市同士が国となり婚姻関係を構築しだしたのもこの頃じゃ」
マッテオ氏は声をひそめた、
「数年後、酷い寒波がディーヌベルク地方を襲った。ディーヌベルクの城外の民は全軍をあげてドーム内に突入することにした。食うものは既に無く、凍え死ぬ女子供が多く、それ以外の選択肢は既になかったのじゃ。エルフの作ったドームの外壁は堅牢だったが、それを打ち破らんとする意思もまた固かった」
そんな辛い話だったのか。
「詳しいことは分からん。ともかく城外の者どもは突入を果たした。しかし数日後にはディーヌベルクもリンゼンデンと同じく内側に崩壊して地に飲まれた。この戦について語れる者は誰一人として残らなかった」
言葉が出ん。
「時期を同じくして、他のいくつかのドームが地中に飲まれていった。そこで何があったのかは分からんが世界樹を守るためのエルフの僧が残っていたということは記録には記されている」
ああ、前にも長官からも聞いたな。
ダンジョンの機能の使い方を聞き出そうとして殺してしまったんだよな。
「ディーヌベルクと同じ悲劇が繰り返されるかと思いきや、後の各ドームは他所から流れてきた難民を傭兵として迎え入れた。エルフの城を引き継ぎ運営し、城外は他国や難民を退ける砦とした訳じゃ」
へえ。そんな動きがあったのか。
「そこからは各国の睨み合いの時期じゃ。その期間に国ごとに政策の違いが如実になってきた!」
バンバン!
「ある国は女子供は城内に匿い、城外は男たちに守らせた。ある国はドームの門を開ける事なく、城内の人々には農業を続けさせ城外の人々には衛兵の役割を担わせた。さて、諸兄らはどちらが正しい選択だったと思う?」
いきなりの質問。
各々が考え込む。
「生活の維持、という意味では後者が正しかった。エルフの技術に支えられた農業とはいえ男手は必要だった。女子供だけに農業を行わせたガルダナでは収量が減り飢餓が深刻になった、、、。飢餓が発生し、近くには富んだクスカがある。起こるのは何だ? そう、侵略戦争だ! こうして史上初の国家間戦争であるクスカの争いが勃発した!」
なるほどここまで長かったが、これで最初に話そうとした戦の話になるのだな。




