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トンマーゾは黒板を書写し、俺はまた板書しながらドワーフについて教わった。
主に炭鉱内で暮らしていること、街に住んでいるのはごく一部の職人だけだということ、主食が炭鉱内で育てた白いキノコであること、そのキノコはアルコールを含んでいること、キノコだけでも生きていけるが他のものも食べること。
そして重要な事柄。
背が低く、髭が濃く、体躯ががっしりしているということ。
これ大事。
やはりファンタジーの基本をしっかり押さえてくれないと盛り上がるものも盛り上がらないものね。
あとは表に立つのは男だが、家系の系譜としては女系社会であるとか、ポリオリを捨てた後は王も国を持たずアーメリアでは自由民として納税が免除されていることなどを教わった。
そうこうしていると昼である。
ルカが様子を見に現れた。
「トンマーゾ、王子が済まんな」
「何を言う。実に意義のある授業だったぞ? 王子の教える歴史は非常に簡潔で後世に残す価値のあるものだった。なのでワシが書き起こすことにした程だ」
「王子が教える?」
王子が頷いた。
「そうだ、我がオミにこの国の歴史を教えておったのだ」
「何故そのようなことに、、、?」
俺が口を挟む。
「ミカエル様に歴史もちゃんとやれと叱られまして、王子には僕に教えることで歴史を学び直していただければと思いまして」
「なるほど、、、まあよいか。王子もそれでよろしいので?」
「よい。我も国の為に何か役に立てているようだしな」
王子は胸を張った。
トンマーゾにあれだけ褒められれば苦手意識もなくなるだろうし気分も良いだろう。
トンマーゾの書き残した書写を覗き込むと、俺の板書から更に整理補強され、地図ももっと正確なものに書き直されていた。
流石は文書館の主人。
これなら参考書としての需要が確かにあるかも。
ここから先はアーメリア建国までの戦乱の世らしいのだけど、その辺はただの年号を記憶するためのつまらない内容にならず、戦記物として面白おかしく語ってもらいたいんだがどうしたもんか。
講談師とか吟遊詩人みたいなのがやってくれると良いんだけどな。
「ルカ様、トンマーゾ様、戦記に詳しいお話の面白い方はいらっしゃいませんか?」
二人は顔を見合わせた。
「どの戦じゃ?」
「ええと、戦国時代の始まりの戦争から順に」
「ああ、先の授業か」
「はい、ひとつひとつの戦を当時の時代背景からその戦術までおもしろおかしく話していただければなと」
「お主はなんと贅沢なことを考えるんじゃ」
「いや、それは面白いぞ。参謀をお呼びできないか?」
王子が眉を上げた。
「それはロベルトのことか?」
「いえ、ロベルト殿のお父上のマッテオ様のことでございます」
「ご高齢ゆえ来てくださるか、、、」
「来るじゃろう。あ奴は戦の話をするのが死ぬほど好きじゃ」
「それもそうだな、早速使いを出そう」
「いや、ワシが直々にお願いに向かうわい。使いなぞ、失礼に当たるわ」
とんとん拍子に話が進むな。
でも大丈夫だろうか。
戦の前にエルフの移動の話も聞きたいんだけどな。
「あの、戦国時代の前の時期に習っておくべきこととかあります?」
「ああ、エルフが自らの城を捨てたくだりか」
「はい」
「ふーむ、、、」
老人二人が腕を組む。
王子が答えた。
「その辺りは姉君が詳しいのではないか?」
「おお、長官が」
「うむ、エルフの里に逗留しておったらしいではないか」
「確かにそうじゃな。オミよ、そこはよくリサ様に聞いておけ。そして書き記してここに届けよ」
「はあ」
「まったく、、、お主は既に国史編纂に立ち合っとるのだから気の抜けた返事はよせ」
「国史編纂? 歴史の本なら、、、」
「王都から見た世界が全てではない。ポリオリから見た国史というものを残すことも大事なことじゃぞ」
「うむ、確かに」
老人二人が完全に盛り上がってるな。
やはり歳を取ると後世に何か痕跡を残したくなるのだろう。
しかしまあ、王子の歴史の勉強からは少々外れるが多くの人が参加してくれるなら王子も身が入るだろう。
ちょっとくらい予習しておこうかと王子の歴史本を手に取って見てみたけど、そもそも気取った筆記体が鼻についたのでやっぱりやめた。
こんなのよく王子は読んでいられたな。




