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 時は少々遡るが、算数の授業は思ったのと少し違った所で躓いた。


 この世界の標準語の数字は前世で言うところのローマ数字みたいな文字を使うので計算に向かないのだ。

 九九を覚えるぶんには別に支障はないが、筆算をする時の繰り上がりとかの考え方が酷く煩雑になる。


 インドで生まれたというアラビア数字って大発明だったんだな。

 そう改めて感心させられてしまった。


 幸いなことに、先人の転生者がアラビア数字は伝えていたらしく、この世界でも知られてはいたので導入させてもらう。



「何故、転生者なぞと得たいの知れぬ連中のもたらした汚れた数字をわざわざ使わねばならないのだ?」


 そう苦言を呈したのは王子ではなくルカだった。


「王族というのは我が国の伝統を守る役目も司っておるのだ。そんな軽々と伝統を捨てるなどど、、、」

「伝統を捨てるわけではありません。おそらく文書などで大きな数字を扱う場合は今まで通りに書いた方が間違いは少ないと思います」

「ならば、今まで通りにやれば良いではないか」


 どう説明したもんか、、、?


「王子は兵を率いることが求められます。その数は数百、数千に及ぶこともあるでしょう。その賃金や分配する食料となると数百万や数千万という額になります」

「一体それがどうしたと言うのだ」

「例えば、1682人の兵を率いていて死者が76名、負傷者が129人いたとします」


 俺は言いながら黒板に書く。

 MDCLXXXI -LXXVI-CCXIX=?


「こうなります」

「う、うむ」


 次に俺はアラビア数字で筆算の書き方で書いた。

 1682

 - 76

 - 129

 ———

 = ?


「こう書くと一の位、十の位、百の位と揃えられ、揃ってしまえば後は簡単な計算になるのです」

「ぐぬ、、、しかし、、、」


 俺は頷いた。


「分かります。もちろんこのような細かな計算は王子には求められません。ですが大雑把な計算を頭の中だけでする場合にもこの文字で数を扱うことに慣れていると間違いが少なく早いのです。僕は決して我々の伝統を蔑ろにしている訳ではないんです」


 俺は「我々の」の部分を強調した。

 敵対したいんじゃないからね。


「ルカよ、まあ良いではないか。我らが積み上げてきた伝統はこのような瑣末な事では揺らぎはしない。文字なぞただの道具なのだ。青銅の剣より鉄の剣の方がよく切れるならばそちらを選ぶ。それだけのことだ」


 おお、王子らしくない含蓄のある纏めだ。

 ひょっとして王子、計算が苦手なだけで頭が良いのか?


 いや、やはり標準語数字が覚えられなかったんだろう。

 分かる。

 意味わかんねえもんな。



 実際、王子は別段算数が苦手なわけではなかった。

 順を追ってやって貰えば普通に計算できたのだ。


 九九の一の段と二の段は簡単なので三日ほどで覚え、その先は段ごとに一週間かけて暗記してもらう事にした。

 確か小学校でもそれくらいのペースだったはずだ。


 授業の初めにそれまで覚えた九九のおさらい。

 次に新たな段の九九を声に出して書いて覚えてもらう。

 二十回ほどやれば充分だ。

 後は簡単な足し算引き算の問題を筆算で解いてもらう。

 要は公文式みたいな感じだ。

 それらを集中力が続く程度の短時間で終わらせる。

 大体五十分程度。


 この授業の短さも王子は大変気に入ってくれた。

 残りの二時間は朝の剣術で王子が気になった俺の戦いのクセなどを直してもらう。


 音がしないように剣は布を硬く筒状に丸め、紐で縛ったものを使う。

 これだと思い切り身体に剣撃を当てられるのでかなり実戦的なスピード感で戦える。

 床も壁も石作りなので剣術の稽古をしていてもルカ氏やミカエル氏にバレることはない。


 昼になるとルカ氏が様子を見に来るので早めに剣術は終わらせ汗も拭いておく。


 九九の暗記が着実に進み、A4サイズの黒板四枚にびっしり書かれた計算問題が解かれているのを見ればルカ氏もニッコリである。


 最初は王子も計算が遅かったが、それは教わった通りに真面目に計算していたからだった。


「王子、パッと見て答えが分かるものは計算しなくていいですよ」

「む、そうなのか? 計算することが計算なのではないのか? 前の教師は途中の計算式を書かせてチェックしていたぞ?」

「沢山の問題をこなすと自然と答えが思い浮かぶようになると思うんですけど、それが良いんです。剣術と同じです」

「?」

「剣の軌道を見る前から、踏み込みや目線で相手が何をするか予測が付かないと防御が間に合わないですよね。それが分かるようになる為には沢山練習をしなければなりません」

「それで簡単な問題をこんなにやらせるのか」

「はい。それでスピードが上がります」

「ふむ」


 そうすれば戦場で負傷者の数や食料の残りをパッとイメージして敗走者を追うか追わないか即断できると理解してくれたに違いない。


 王子の計算スピードはメキメキと上がっていった。

 算術の教師としての役目は果たせているといって良いだろう。


 しかし、別の問題が発生した。

 第二王子の教師であるミカエル氏がクラウディオ王子の学力の成長具合をテストしたところ歴史や国語にも問題があることが判明してしまったのだ。


 俺は王子が本を読んでいるのを見守っておれば良いと言われていたのでそのようにしていたのだが、字を目で追ってはいたが内容は頭に入っていなかったようだ。


 マズイな。コレ。


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