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裏口から城を出て果樹園の真ん中辺りにそれはあった。
俺はこないだ、この建物を見た時には馬草を貯めておくサイロだと思ったのだ。
確かにサイロのような縦長の小ぶりな塔なのだがそれが文書館だった。
言われてみればサイロにしては太い。
蔦が絡みついて覆われている。
窓はない。
そして石の塀で囲われて門がある。
近寄って見れば、どっちかって言うと罪人を隔離しておく牢屋のように見える。
ルカ氏は扉をノックして返事を待たずにドアを開けて中に入っていった。
俺も続いて入って驚いた。
明るいのだ。
天井が光っている。
LEDか蛍光灯かといった感じ。
電気があるの?
「この館はかつてエルフに寄贈された世界樹が組み込まれておってな。窓がなくとも光を得られるのだ」
「エルフにはそんな技術が、、、?」
「さっき話したドワーフが治めていた時代だ」
「えええ、、、どうやってるんです?」
話していると奥から人が顔を出した。
白髪のおじいさんだ。
「皆目見当も付かん。かつてはここは世界樹の研究所だったのだ」
「おお、トンマーゾ。こ奴がサナ語の辞書を書きたいと申してな。ここへ連れて来た」
「ほう、辞書。それはそれは、、、」
ちょっと光る天井に驚いて目的を忘れていたが、そうなのだった。
ここが文書館か。
その名の割には文書は少ない。
ルカ氏の部屋とさほど変わらなそうだ。
羊皮紙の書棚と紙束を置く書棚が壁沿いに置かれ、いわゆる本棚は部屋の中央に背中合わせに2列あるのみである。
町の小さな古本屋さん程度の品揃え。
そんな感じだ。
それと別に目を惹いたのは壁面に設えられた大きな黒板である。
それも二枚が上下に動いて高いところまで使えるやつ。
古い名門大学の教授の部屋とかにありそう。
カッコいい。
「サナ語の辞書を共通語で書けば、それは世界の役に立つぞ。よかろう!」
トンマーゾ氏は本棚の上の方から糸で綴じられた紙束を取り出した。
表紙の無い本のような感じ。
サイズはかなり大きめ。
A4くらいある。
厚みは1センチくらい。
ノートにしては厚い。
「これで足りなければまたやる」
「こんなに良いんですか? あの、お値段は?」
「よい、金は要らん。その代わり同じものを二度書いてもらうぞ。一冊はここに納めてもらう。あと執筆はここでやってもらう。それが条件だ」
え、面倒くさ。
「え、あの、これは僕が個人的に忘れないよう書き留めておく程度のものですので、、、」
「ならば200ラーミだ」
え?
200ラーミ?
銀貨2枚?
ええと、20万円?
「高いか? そのサイズの紙は一枚が2ラーミだ。その束は100枚揃えてある」
紙一枚が二千円か、、、。
確かにジロで油紙を買った時もこれより全然小さくてそれに近い値段だったからなあ。
油が高いのかと思ってたけど紙も高価なんだな。
「それはポリオリだと特別高いとかあるんですか?」
「お主、口の利き方に気を付けろ。この紙は王都から買い付けたものだが輸送費抜きの原価じゃ」
「へえ、紙って高いんですね」
「そりゃそうじゃ。紙の作り方を知っておるか? 皮を除いた木の幹の白い部分だけを粉々に砕いてそれをドロドロになるまで長時間煮詰め、一枚一枚職人が作るんじゃぞ? 種を蒔いとけば育つ野菜なんかと一緒にされちゃ困る」
マジか。
機械どころかロクな刃物もないこの世界で凄い大変なことやってるんだな。
「すみません分かりました。二冊書きます。でも、いいんですか? 僕みたいな小僧が書く、役に立つかも分からない覚え書き程度の辞書に400ラーミぶんもの紙を与えて」
「お主は物の価値ってものが分かっておらんのだな」
「はい。貧しい漁村の生まれなもので」
トンマーゾ氏は本棚から一冊の本を取り上げた。
「見ろ。これは『南方見聞録』といって作者が20年ほど前に王都からこのポリオリやカイエンを旅し、ジロ河まで到達し、サナ人の暮らしなんかを記した紀行文だが、幾らだと思う?」
全然見当がつかない。
紙代だけで銀貨2枚、インクも使うし表皮も付いてるし、、、そうだな。
「銀貨6枚くらいですか?」
「そんな安いわけあるか! 金貨2枚じゃ!」
え、200万円?
「著者の貴重な経験と旅費。紙代。インク代。書写する人間の人件費を合わせれば安いもんじゃろがい?」
あ、書写、、、。
全部人の手書きなのか。
マジか、活版印刷はまだですか?




