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 何処で話を聞くべきか迷う所だが、とりあえず謁見の間では不味かろう。

 俺はルカ氏を抱き起こすとひとまず出口へと向かった。


 そして見上げて驚いた。

 この部屋は他と比べて随分明るいなとは思っていたのだが外に面する壁いちめんに巨大なステンドグラスが嵌め込まれていたからだ。

 

 色は薄いし燻んでいるが、赤と緑のガラスで斜めに色分けされて上側が緑で下側が赤になった国旗のようなものが中心になり、それを取り囲むように赤、緑、青のガラス片がモザイク状に埋め尽くし、シンプルだが荘厳な雰囲気をたたえていた。

 ポリオリがまだ独立国家だった時の国旗だろうか。

 外から塔を見た時には全く気付かなかった。


 鉄分が多いと赤なんだっけ。

 緑はなんだったかな。銅だっけ。

 青は、、、全く覚えてない。マグネシウムとか?


 階段を降りてテラスに出ると振り返って外側からステンドグラスを見てみたが、やはり外からだと色味も透明感も分からない。

 ガラス片を繋いでいる黒い樹脂のようなものの方が強く目に入りむしろ黒っぽい平らな岩に見える。


「ポリオリではガラスも採れるのですか?」


 ルカ氏に聞いてみる。


「え? ああ、もちろんだ。イリスの水の瓶はポリオリで作っとる」

「そうなんですね。ところで平らなガラスって作ってないんですか?」

「眼鏡や望遠鏡なんか用のガラスはそこの工房で作っとるぞ」


 ルカ氏は眼下の街の煙の上がる煙突の方を指した。


「窓に嵌めるような大きなものも作ってますかね?」

「そりゃ無理だ。ガラスを膨らます大きさには限度があるし、切り出すのも大変な技術が要る。お主が言うように窓に嵌められる平らなガラスがあれば風が入らなくて快適なんだがな」


 なるほど、やっぱ板ガラスを作るのは難しいのか。

 どうやって作るんだろ?

 ローラーでプレス?

 うん、分からん。


「大きなガラスを見たのは初めてか?」

「はい、見事で美しいガラスでした。色も綺麗でしたね」

「ああ、あそこまで濃い色を出すのは難しいらしくてな。長年かけて溜め込んだものらしい」

「そうなんですね。いつぐらいに作られたんですか?」

「100年か200年か前だろうな。まだ王がドワーフだった、ポリオリが最も栄えた時代のものだよ」


 ここは元はドワーフの国だったのか。

 え、戦争で奪い取ったのかな。

 人族怖い。


 そんな話をしているともうルカ氏の執務室の前まで来ていた。


「ところで先ほどルカさんは随分と領主さまを気の毒がってらっしゃいましたが、、、?」

「ふむ、、、話すと長いのじゃが。まあ、入れ」


 ルカ氏の執務室には大量の書物が保管されていた。

 ドアのある壁面以外の3面は全て書棚になっており、丸められた羊皮紙や束ねられた紙が所狭しと置いてある。


「凄い量の書物ですね」

「この城の各所の図面や補修履歴などだ。何処がどのように壊れ、どう直したか」

「ははあ、、、ちょっと見ても?」

「やめてくれ。古い紙は脆いんだ」


 ですよね。


「さっきの話だがな、数十年前までこの地はドワーフに見放されるほど衰退しておった。錫や銅よりも鉄がもてはやされるようになり、石炭を大量に消費するようになった」

「はい」

「当時の王を含む多くのドワーフが鉄を求めて新天地を目指して出て行った」


 そうなのか。

 人族が奪い取った訳じゃないのか。


「そしてドワーフの王が不在になってもエルフどもは治めようとはしなかった。価値がないと思われたのだろう」


 そうか、その頃はエルフ統治の時代か。


「そこでアダルベルト様の祖父にあたるドゥイリオ様が、残ったドワーフと人族に担ぎ上げられて暫定王となった」


 おじいちゃんか。

 まだ三代目なのか。


「既にエルフの統治する王都との国交は途絶えておった。そこでドゥイリオ様はカイエン他、まだ錫や銅、ガラスを求める近隣国と国交を結び始めた」

「はい」

「それでも他国との道は遠く厳しく、国の財政は思うようには行かなかった」


 ああ、運ぶのにコストがかかり過ぎて儲けが出なかったのか。


「そんな折にエルフが大移動を始めた。どの国も混乱を極め、金属もガラスも売れなくなった。見て分かる通り我が国は農地が少ない。餓死者こそ少なかったが育たない子が増えた」

「、、、、」


「ここまでは聞いた話しじゃ。ここから先は実際にワシが見てきた話になる」

「はい」


 ルカ氏は椅子に深く座り直した。


「アダルベルト様のお子も例外ではなかった」


 なんというか、挟む言葉が出ない。

 世界は過酷だな。


「リサ様は三歳を迎えた初めてのお子だった。女児ではあったがそれでもアダルベルト様は大変お喜びになってな。ポリオリに明るい光が差したと」

「はい」

「ところがリサ様はどういう訳か人の見分けが付かなかった。辺りは見えてはいる。しかし人がよく見えぬ。リサ様は声だけで人の判別をしてらしたそうな」


 そうだったのか。

 長官にそんな過去が。

 今は見えてるっぽいけどな。


「母君も父君も、区別がつかず、声を聞くまでは誰か分からなんだ。そんな様子では王家の人間としての役目は果たせないだろうと王は落ち込んでしまってな」

「そういうものですか」

「ああ、考えてもみろ。他国の王族や貴族と婚姻を結び、付き合うのが王族の仕事だ」

「そっか」


 確かに、目の見えない王様とか政治家って聞いたことないかもな。


「その後、第一王子、第二王子と妃たちは身籠り、後継ぎの心配はなくなったが、リサ様は不遇だった」

「いじめですか?」

「そんな訳あるか! ワシらがしっかりお守りしておったわ!」

「失礼しました」


 ルカ氏は机に置いてあった水を一口飲んだ。


「ある時、リサ様の妙な行動に気づいた侍女がおってな。そう、リサ様は時折り何もない場所を手で探って不思議そうにしていると言うのだ」

「ああ、魔眼だ」

「そうじゃ。言葉を覚え、侍女と色々と喋るうちに自分が他の人と違ったものを見ていると分かってきたのじゃ。それからはワシも立ち会って見えるもの見えないものを特定するためのテストを散々行った」

「おお」

「そのテストの中で、本当に真っ暗闇の坑道に連れて行き何か見えるか尋ねたところ『あっちにはモヤモヤ。あっちにはキラキラ。そっちは何もない』などと申して、キラキラの方を掘ってみれば大量の魔石が出たのだ」

「凄い!」


 俺はちょっと興奮したが、ルカ氏は顔を曇らせた。


「その頃は、あちこちで戦争が起き始めておってな、魔術兵の魔力を補える魔石は大変な高値が付いて取り引きされておって、、、」

「万々歳じゃないですか」

「国の財政的にはそうじゃ。しかしリサ様は炭鉱夫と共に魔石を求め坑道の深いところまで行かされるようになってしまった」


 おっとそうだった。

 幼い女児には酷だよな。


「その甲斐あって我が国は盛り返し、発言力も強くなった。アーメリアの中でも良い地位にまで上り詰めることができた」

「はい」

「しかし、その代償としてリサ様は五歳から十三歳までの八年間、ほとんど家族とも過ごさず暗い坑道に潜らされておったのだ」


 幼少期の八年間か。

 それはとてつもなく長いな。


「アダルベルト様はその事を気に病んでおってな」


 そりゃそうだろう。

 児童労働法で捕まるぞ。


「なんとか折を見つけ謝罪したいと思っているのだが、知っていると思うがリサ様はポリオリを徹底的に避けておられる」


 分かる。

 絶対避けるよね。


「しかし今の繁栄があるのは全てリサ様のおかげなのだ。なんならアダルベルト様は王位をリサ様に受け渡して良いとすら考えている」


 いや、王位じゃないけどね。

 領主の地位ね。


「お主が現れた件も、良い兆しなのか悪い兆しなのか判断が付かなくてな。それで謁見が今日まで先延ばしになってしまった」

「仕方ないです。その流れなら暗殺者と思われても不思議ではないですもんね」


 ちょっと待て。

 自分で言っといてなんだが、クラウディオ王子なら殺されても惜しくなかったみたいな、そういうアレ?


「しかしリサ様が故郷を頼ってくれたと思えば嬉しいが、お前を見るにそういう訳でもなさそうな感じがしてな」


 なんかスンマセンね。


「お主ほどの魔術や知識があれば、そもそも匿う必要なぞないだろう?」


 いや、あるだろう。

 俺はまだ未成年のいたいげな少年なんだぞ?

 大人が守る庇護対象だぞ?


「冬のカイエン-ポリオリのルートを単独で踏破なぞ、ごく一部の優秀な兵にしか不可能というのがここでの当たり前だ。それが年端のいかぬ小僧とあっては後詰めが控えているだろうと言われてな」


 あれか、無能な隊長か。


「しかし、お主の様子を監視しておっても仲間に何か合図を出す素振りもなし。カイエン方面に偵察を出しても何の痕跡もなし」


 そりゃそうだ。

 これという仲間は居ないし本当に独りで来たもの。


「リサ様からの書状はお主が情夫という点以外は真実であると考えてよいのだろうということになって今日にいたる」

「ええと、僕は書状を読んでいないので何とも言えないんですが、、、」

「それもそうか。書状にはお主について、リサ様が特別に古エルフの魔術の手解きをし、読み書き計算に長け、共通語とサナ語を解し、料理によって病人を治癒したセイレーン号の功労者であり逸材だと書いてあった」


 うーん、まあ間違ってはいないけど。

 逸材かどうかはちょっと本人としてはコメントしづらい。


「実際、お主はこの短期間にクラウディオ王子に算術への興味を沸かせ、以前の王子なら絶対避けていた数字の暗記なんて事を毎日着実にこなしている」


 そうね、九九は少しずつ覚えるしかないからね。


「城の中でお主を疑う者はもうおるまい」


 そうなの?


「メイドにも丁寧に接し、馬子にさえ馬の世話について尋ねに行くその姿勢こそが最初は疑われたのだが、その邪気のなさには皆が呆気に取られてな」


 ちょっと待て、バカにされてないか?


「いやあ、知らないことばかりで色々興味がありまして、、、そうだ! こんな時に急にアレですけど、紙が沢山欲しいんですが僕が買うことはできますか?」

「いきなりなんだ、沢山てどのくらいだ?」

「サナ語を教わった時のメモが大量にありまして、それを紙に書き残しておきたいんですよ。簡易的な辞書といいますか」

「そういうことか。確かにこの部屋には紙が多いが、そういうことなら文書館の方が良いだろうな。来い」


 文書館か、図書館的な施設があるのね。

 俺はルカ氏に付いて城を出た。


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