気になる
ワッタとカレンが住んでいるという洞窟は至って普通の物だった。岩肌がそのままで、粗い繊維で編んだ敷物と、ちょっとした低いテーブル、食器を置く棚くらいしかない。
奥行きは有りそうだが、木製の板格子で見えないようになっていた。
カレンが入った途端に何かを言おうとして口籠った事から、もしかしたら、入り口は同じでも中の様子が全く違ったのかもしれない。
昨晩にカレンが持ち出したテーブルや椅子を置いていた場所が見当たらないのも、そう推測した理由の一つだ。
ここは新大陸。ナタリアが剣になったくらいだ。それくらいの不思議が起きてもおかしくない。魔力が全くないワッタも謎めいた存在だしな。
俺とワッタで運んだカッヘルは壁際に寝かせた。弱々しく呻き声くらいは上げられるくらいにはなっている。
「水くらいしかないが、カッヘルさんが起きるまでは楽にしてくれ」
今日、明日で森を歩けるくらいに回復するとは到底思えないが、ワッタは陶器製の水差しからガラス製のコップに透明な液体を注ぐ。
そして、まずは自分から飲む。毒ではないとアピールしたのだろう。
俺も頂く。意外な事に、非常に冷たい。戦闘後の体の熱を一気に冷ましてくれる。
魔動式の水差しか。氷魔法の術式が仕組まれているのだろう。貴族でも上流の方でなくては、お目に掛かれない様な高価な品だと思う。
「カレンさんが気になるのなら、この不死の道具はお返ししましょうか」
アディの申し出にワッタは首を振る。
「良いよ。実はまだ持っている」
ワッタはズボンからそれを取り出す。確かに先程の物と同じだった。
「えぇ!? ナベ、それ、知らないよ! えー、一つしかない大切な物だって言ってたもん!」
カレンが驚く。それはそうだろう。
その物の為に、カレンはアディを殺そうとしたんだからな。
「こんなもんが2つもあると知ったら、カレンは欲しがるだろ。そしたら、それを持って無茶をするのが目に浮かぶ。こんなに頼って戦うのは危ないんだよ」
もし俺があれを持っていたら、そうだな、毎日の様に洞窟探索に行くだろうな。危険なんて省みずに。俺としては本望だが、ナタリアは良い顔をしないかもしれない。
「この様な貴重な物、どうやって入手できるのでしょうか」
「さあ。俺は知人から貰っただけだから、知らないんだ」
その知人は誰なのかをアディは訊いていると思うが、惚ける気だな、ワッタ。
「良いですよ。ゆくゆくお聞きしましょう」
アディはそこで引いた。ワッタは隠したい事が多い。知らずにでも下手にそれに触れた時に、ワッタにとっては譲れない一線であったならば、過剰な行動を取るかもしれない。
この中では圧倒的な強者であるカレンもいて、やり過ぎては命の危険があるのだから賢明な所だろう。
「アディ…………本当にごめんなさい……」
カレンは真顔で謝る。ただ、完全に殺しに来た人間を許せる人間はほぼいないだろう。
なのに、アディは受け入れた。
「私とカレンさんは友達で御座いましょう? 原因は私にも御座いました。今はもう無事なのですから、今後はこうならない様に致しましょう」
「うん! カレンはもうアディを殺さない! ありがとう!」
どんな約束だよ……。ワッタもそう思ったらしく、目が合い、互いに苦笑いとなる。
水しかないが、俺達は軽い話を始めていた。その中でワッタはナタリアを話題にする。
「レオンの剣は女になるんだな。俺、ビックリしたよ」
そんな驚いた素振りはなかったけどな、お前。
「逆だ。ナタリアが剣になったんだ」
俺は経緯を説明する。
洞窟の穴を落下した先にあった扉。光の奔流、黒い影の存在。そんな事を伝える。
ワッタは興味深げに耳を傾けていた。
「そいつを倒せば、元に戻るのかな?」
「分からない。でも、姉ちゃんに――」
ここで俺はワッタが姉ちゃん、メリナ姉ちゃんの存在を恐れていることを思い出す。だから、途中で口を閉ざした。
「どうした?」
「いや、何でもない。いつもナタリアをどうにか治せないか考えているんだ」
「アディはどう思う?」
ワッタはアディに話を振った。意図は分からんが、こちら側の意思決定者はアディだから当然なのかもしれない。
「気になる点は御座います。その者は『楽しむ前に終わるでないか』と言ったとのことです。つまり、ナタリアを剣にすることで楽しむことが出来る。何をでしょう?」
答えは知っているという感じでアディは俺達に問うた。
俺もワッタも黙る。うなされているカッヘルの声だけが洞窟に響いた。カレンは何も考えていないキョトンとした顔だ。
「目的は分からないけど、ナタリアを通じて見ているんだろうなぁ」
ワッタの呟きに、アディが返す。
「そうで御座いますね。恐らく、その者は長らく扉から出られなかった。しかし、ナタリアに憑依する形で外界を楽しんでいる。楽しむ事、それ自体が目的。私が想像するに、精霊の1種でしょう」
精霊か。
魔法の詠唱では最初に精霊に問いかけるのが基本。ナタリアの詠唱だと貙虎だったと思う。精霊鑑定士に見てもらって、大きめの山猫みたいな形をしていたって言っていた。
しかし、精霊が人間の世界に降りてくるのはかなり珍しく古竜くらいだと学んでことがある。
「ナタリアも不便でしょう。その精霊を倒しに向かいましょうね。徹底的に痛め付ければ、何とかしてかれるでしょう」
アディは簡単にそんな事を言った。
「剣が効かないんだ。俺には倒せそうになかった」
「精霊は魔力の塊で御座いますからね。実態のない物を切るのと同じなのでしょう。しかし、私はレオンの剣が魔力を帯びる事があると知っています。溜めてからの横薙ぎ。色々な戦士を見てきましたが、中々の物で御座いますよ。あれなら精霊も斬れると存じます」
俺は胸を熱くする。言葉が出ない。
アディの様な実力者から認められるのは、これ程までに嬉しいものなのか。
「カレンも行っていい? ねぇ、ナベ」
「厳しいことを言うけど、これはレオンの問題。俺達には関係ない。だから、ダメだよ」
「ナタリアの為なの。友達に戻りたいんだよ?」
「うーん……。でも、ナタリアが許してくれる?」
俺もカレンに助けてもらう義理は無いと思う。しかし、ナタリアは確かに怒ってカレンを罵ったが、性根は情け深いと知っている。それをワッタに誤解されたままなのは、ナタリアの名誉のために避けたい。
「ナタリアはそんなに浅い人間じゃない。カレンに酷いことを言って後悔しているはずだ。だから、切っ掛けがあればカレンとは仲を戻すと思うぞ。俺とワッタの様な友人にな」
「へ? 俺? ……ハハハ、俺か。いや、そんな風に言って貰ったのは久しぶりだよ。……仕方ないな。良いよ、カレン、行ってきな。俺だけ友達が出来たのは不公平だもんな」
ワッタは心底嬉しそうだった。こいつも、こんな人が寄り付かない場所に居たんだから寂しかったのかもな。
「違うよ、ナベ。私にはアディも居るから2対1でナベの負けだよ」
「んじゃ、俺はカッヘルさんとも友達になるかな。カレンが戻ってくるまで、ここで看病してるから」
カッヘルな、俺の経験上だが、3日は起きれないかもな。おっさんの看病、大変だぞ。




