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射る

 剣を抜いて、剣先を斜め下に構える。持つ手はほぼ腰に当たる。変則的な下段の構えの一種。師匠に仕込まれ、俺が最も自信を持っている形だ。

 本来なら木の影に移動して上空からの攻撃に備えるべきなのだが、アディもカッヘルも焚き火の傍から動かない。ならば、俺もだ。後から、あいつは逃げ腰だったなんて笑われたくない。

 


 カッヘルも腰の剣を手に取る。

 ギルドで予想した通りに、中々の逸品と一見で分かった。丹念に磨かれた剣身が焚き火の炎を写す。

 カッヘルは四十前後の歳に見える。軍の先達を差し置いて、軍団長に収まっているのは運だけでなく実力も十分に認められての事なのだろう。それに相応しい業物である。

 その構えは我流の多い冒険者と違い、厳しい訓練を受け終えた達人に相応しい威圧を感じさせるものであった。


 カッヘルは鋭い目付きで上空を見たまま、俺に問う。


「レオン、魔力感知は使えるか?」


 全ての物には魔力が宿る。生物だろうとその辺の石コロであろうと。その魔力の多寡や存在を認識できる特殊能力が魔力感知である。


「そんなもん使えたら、もっと贅沢な生活をしているぜ」


 正直に言うと、嘘である。ナタリアを経由して、今の俺は近くの魔獣や魔物の気配を感じ取ることが出来る。

 しかし、エルフの気配は掴めていないから、使えるとは言えなかった。


「そうか。俺も使えん」


「動きがあれば、私が指示致します」


 アディは再び肉用の鉄串を一本握っていた。

 未知の敵に突然の喧嘩を売ったばかりだと言うのに、彼女の表情は変わっていない。



 そのまま臨戦態勢で待つが、エルフは現れない。


「去りましたか?」


 緊張感を維持したままカッヘルはアディに問う。


「いえ。まだ居ますよ。あちらも、こちらを観察しているのでしょうかね。全くどうしようもない傲慢さで御座いますね。何様でしょう」


 焚き火はまだ燃えていて、パチパチと音を立てている。


「殺す事になるやもしれませんが、もう一度仕掛けます」


 アディは薄く笑う。

 戦いを楽しもうとしている。俺はそう感じた。強敵を前にして強がる冒険者の表情にも似たものだ。



()()ぐ。国光(こっこう)たる黒金(くろがね)(ゆる)ぎて、(くるり)(まと)()る」


 アディの詠唱に伴い、鉄串が手から離れ、ふわりと宙に浮く。先端は斜め上で、恐らくは、そちらにエルフがいるのだろう。

 続いて、鉄串全体が光り始める。先程よりも強くて眩しいくらいに。そして、光はそのまま膨れ上がり、鉄串だったものが俺の持つ剣よりも太く長くなる。輝く大槍となったそれは、浮遊したまま、アディの合図を待つ。


 アディが短く「行け」と発令した途端に、それが勢いよく放出される。轟音の後に発生した風圧は、焚き火を激しく揺れ動かした。


 光る槍は、その進行方向にあった大木を貫通し、倒壊させる。障害物が無くなったことにより、新たに視野が開けた。



 余りに遠くて、ゴマ粒の様にしか見えないが、確かにエルフの顔はこちらを見ていて、観察しているというアディの言葉は本当だった事が分かる。


 アディが出した魔法の槍はエルフに迫る。猛スピードのそれを見据えている緑服のエルフは動かない。が、風がエルフの服の一部や髪を揺らしただけで、その横を通り過ぎてしまった。


 エルフが見切ったのか、アディがわざと外したのかは分からない。光の槍は煌めきを残しながら、エルフの遥か向こうの空へと、姿を小さくしていった。



 ここで、ようやくエルフは抜刀する。いや、抜刀と呼んで良いのかは分からない。その動作は無くて瞬間的に手に剣が出てきたのだ。


「魔剣だな」


 カッヘルは俺に伝えるように呟く。



 絵本に書いてあるエルフの髪は背中の半ばまである長い金髪であることが多い。しかし、対峙しているそれは、ナタリアと同じくらいの茶色で肩の所までの長さだった。


 未だ遠くにいるはずなのに、俺と視線が合う。



 瞬間、エルフが消える! いや、速すぎて目で追えないだけか!? 


「来るっ!!」

 

 カッヘルの短い警告とほぼ同時に、強敵を前にした危機感みたいな物が俺の体を走る。



 ほば真上にエルフの姿を捉える。まだ、距離はある。エルフの後ろに輝きが見えた。背中に生えた羽から光の粒を放出しながら、こちらに迫っているのだ。

 横からなら、一筋の線が空に描かれるのが見えたのだろうか。



 アディが再度の光の矢で応戦する。今度は軸に鉄串を使っていない。無詠唱魔法で作り出した、魔力だけの物の様だ。


 エルフはまた姿を消す! いや、さっきと同じ! アディの攻撃を避けるために進行方向を変化させただけ!



 しかし、どこだ!? 速すぎる!!



 瞬間、背に強い危機感を覚える!!

 その勘を信じて、俺は全力でターン! 同時にその回転力も加えて剣を振る!



 俺に剣先を向けていたエルフが後方へポンと飛んだ。俺の剣は空振った。遅れて起きた森のざわめきから、エルフは木々の中に隠れて接近した事を知る。何という敏捷性なんだ。



 剣を中段に構え直し、あらためて相手を観察する。



 若い女だった。ナタリアや俺と同じくらい。少しだけ驚いた顔をしていた。


 すぐにカッヘルが俺の隣に来る。


「すまねーな。話だけでも聞いてくれないか?」


 男二人が剣を向けている状況な上に、一方的に攻撃して続けていたこちらが放つ言葉ではない。もちろん、カッヘルも分かっているだろう。

 勝てない相手かもしれないという想いが、そう言わせたのかもしれない。


「えー、もう終わりなの?」


 エルフは落胆を隠さなかった。戦い好きなのか?

 昔話では、争いを嫌うとあったが、現実とは違うもんなんだな。


 笑顔も見せながら対応する彼女からは、戦意だとか敵意だとか、そんな物は持ち合わせていないように感じた。

 強者の余裕、若しくは驕り。そんな表現の方が適切かもしれない。


「いーよ。話を聞いたげる。暇だし、カレン」


 カレン。最も有名な昔話に出てくる、人類を救った英雄の一人と同じ名前。拳で闘う格闘家とされる。

 世界を破壊しようとした大魔王を討伐する為、彼女は聖竜とその騎士と共に、命を賭けて大魔王との最終決戦に望む。その死闘の中で、彼女は聖竜に向けられた大魔王の攻撃を代わりに受け、亡くなってしまう。


 だから、今では献身の象徴であり、彼女に(あやか)って、人気のある名前でもある。

 ただ、ここは人の住んでいなかった新大陸である。偶然なのかもしれないが、謎の少女の名前に意味があるように俺は思った。

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