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第9章ー5

 1937年7月のある日、アラン・ダヴー少尉は、部下と共に日本から届いた兵器、89式重擲弾筒の扱いに習熟しようとしていた。

 意外と難しいものだが、役に立ちそうだ、というのが、ダヴー少尉の今のところの感想だった。


 ゲルニカでの式典での警護任務を終えた後、バレンシア方面におけるスペイン国民派の大攻勢に、ダヴー少尉らの部隊も参加した。

 その際に、やはり苦悩したのが、中隊、小隊レベルの砲火力の不足だった。

 高木中佐率いる他の中隊には、軽迫撃砲が配備された部隊もあったが、そこの部隊も軽迫撃砲については、微妙に扱いに苦労する状況だったのである。

 また、これについては、他の日本人義勇兵旅団も、オビエド攻防戦の頃から、似たり寄ったりの状況で苦労していたことから、土方伯爵の決断により、日本本国に要請して、89式重擲弾筒が投入されることになったのである。

 今のところ、ダヴー少尉率いる小隊には、89式重擲弾筒が3本提供され、擲弾も実戦投入の際には、54発を定数上は持参することになっていた。


 ちなみに89式重擲弾筒を最初に見た時、ダヴー少尉も含めて、小隊員の多くが、膝に当てて、擲弾を発射するのだと思った。

 実際、如何にも膝に当てて撃つのに都合の良さそうな形状だったからである。

 高木中佐が、

「絶対に膝に当てて撃ってはならん。膝に当てて撃ったら、確実に大たい骨を骨折するぞ」

 と力説して注意までしたのだが、小隊員の1人が、ついやってしまい、大たい骨を折ってしまった。

 それ以来、小隊内に擲弾筒を膝に当てて撃とうとする者はいなくなった。


「ダヴー少尉の小隊は、擲弾筒の取り扱いに習熟してきたか」

「はい」

 ちょうど、そこへピエール・ドゼー大尉が巡察に来た。

 ドゼー大尉の顔色が微妙に明るい。

 ダヴー少尉は思った、ようやくドゼー大尉の心の整理がついたのだろうか。


 ドゼー大尉は、先のバレンシア方面への大攻勢の際に、またもや中隊内で戦死者を9名出している。

 ダヴー少尉も部下を2人、戦死させた。

 ダヴー少尉も、しばらく心の整理がつかなかったが、1週間程で何とか心の整理ができた。

 だが、ドゼー大尉は、中々、心の整理がつかなかったようで、微妙に顔色が暗い日々が続いていた。

 しかし、今日はドゼー大尉の顔色が明るくなっている。

 うん、いい傾向だ、とダヴー少尉は思ったが、ドゼー大尉が明るい顔色になったのは別の理由だった。


「他の小隊も、擲弾筒の取り扱いに習熟してきている。これなら、実戦で使えそうだな」

 ドゼー大尉が言った後、一言、付け加えた。

「いい話が続くものだ」

「何があったのですか」

「息子が産まれた、と手紙が届いた」

 嬉しくて、人に話したかったのだろう、ドゼー大尉は明るく言った。


「白い国際旅団」に所属している兵への手紙等は、防諜等のために、ローマの事務所に送られることになっている。

 そこから、各員へ配達されるのだが、ローマからでも最低、1月は掛かるのが当たり前だった。


「義勇兵に志願をしてスペインに行く、と恋人に言ったら、スペインで別の女性と結婚されたくないから、結婚してほしい、と言われてな。恋人と結婚してから、ここには来たのだ。そうしたら、妻が妊娠していてな、無事に息子が産まれたとのことだ。もう2か月も前のことだがな」

「そうだったのですか」

 ドゼー大尉は明るく言うが、ダヴー少尉は少し嫌な予感がした。

 結婚していて、自分を遺して戦死した自分の父を連想してしまったのだ。

 勿論、自分は愛人の子だから、ドゼー大尉が全く違うのは分かってはいるが。


「もうすぐ内戦が終わるだろう。フランスへ帰国する時が楽しみだ」

 ドゼー大尉は、ダヴー少尉の内心を知らずに、明るく言った。

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