第8章ー8
ピエール・ドゼー大尉が声を掛けたのは、実はアラン・ダヴー少尉が最初だったらしい。
ダヴー少尉がドゼー大尉のお供を始めた後、ドゼー大尉は、他の3つの小隊を巡り、ダヴー少尉の際とほぼ同様の会話をした後、他の3人の小隊長と共に、直属の上官にあたる大隊長の高木惣吉中佐の下に出頭した。
「よく来たな」
高木中佐は、中隊長であるドゼー大尉と共に出頭した4人の小隊長、少尉達を見回しながら言った。
5人は揃って敬礼し、高木中佐も答礼した。
ダヴー少尉は、高木中佐の顔を見ながら、ふと思った。
職責から、そう自分は思ってしまうのだろうが。
何となくだが、年齢的にも我々の父親のようだ。
父の名を知らない自分では確かめようもないが、本当は同僚として父を知っているのかもしれない。
高木中佐は、5人を見回して、あらためて思った。
ひょっとしたら、この5人の中、いや日系人義勇兵中隊の人員の中に、自分の子がいるかもしれない。
自分も身に覚えがある身だからだ。
もっとも、それについて深く考え出したら、それこそ世界大戦の際に、欧州に赴いた日本の軍人で身に覚えがない者はほとんどいない話になってしまうだろうが。
実際、「白い国際旅団」に参加している日本の軍人で、世界大戦の際に欧州に行った経験のある者だけで話し合うと、ひょっとすると自分の子が、という話が、必ずと言っていいほど出てくる。
(第一次)世界大戦当時、休暇の際に娼婦と遊んだり、行きつけの酒場で知り合った女性と愛人関係になったり等々、欧州で女性と関係を持った日本人将兵は珍しくないどころか、当たり前の存在だった。
高木中佐の親友、というか海兵学校の一期上の先輩に至っては、娼婦の足抜けまで手伝っている。
高木中佐は、ダヴー少尉の顔を見て、何故か、その先輩をあらためて想い出した。
先輩は堅物の癖に、妙に女性にもてた。
海軍兵学校入学前に、既に相思相愛の事実上の婚約者がいたのに、岸三郎提督の次女が、父を嵩に来て略奪愛を働いた末に、先輩と結婚したくらいだ。
(岸提督の次女や、岸提督は否定していて、向こうが勝手に熱を挙げていただけ、先輩は岸提督の次女に惚れ込んでいた、というが、怪しいものだ。)
横須賀の花柳界でも、それなりの芸者数名から先輩には秋波が寄せられていたらしい。
そんな先輩が、心底、惚れ込んだのが、フランスの娼婦というのが皮肉な話だ。
妻が妊娠しているのに、妻を無視して給料のほとんどを、フランスの娼婦の彼女に渡す有様、とうとう、岸提督が激怒して、先輩を訓戒し、彼女の足抜けを手伝う代わりに、彼女と別れさせた。
そして、先輩の戦死と共に、彼女の話はタブーとなり、自分も彼女の行く末を知ろうとしなかった。
岸提督の次女に自分が会った際、夫からの欧州からの送金がほとんど無かった理由を聞かれ、思わずトランプ賭博にはまっていた、という作り話をしたが、どこまで信じてくれただろうか。
まさか、フランスの娼婦に給料のほとんどを渡していたなんて、先輩の妻には言えなかった。
ダヴー少尉の顔を見て、何故、そんなことを急に想い出すのだろう。
高木中佐の脳裡に、ふと、疑念がよぎった。
ひょっとすると、ダヴー少尉は、先輩の遺児なのかも。
そんな想いが浮かび上がると同時に、高木中佐は、(内心で)頭を振って忘れ去ろうとすることにした。
日系人中隊の多くが、実の父の名を知らないし、もう知ることを諦めているようだ。
ダヴー少尉も同様である。
世界大戦が終わって20年近く、それまで、父を知らなかった人に対して、今更、◯◯が、あなたの父かもしれない等、無責任な話が出来ようはずがない。
高木中佐は、そう考え、自分は沈黙を守ることにした。
あれ、他の所と、岸三郎提督の次女、岸忠子の描写が違う、という指摘がありそうですが、ここでの描写は、高木惣吉中佐の主観によるものです。
各自の認識している事実が違うというのは、よくある話と言うことで、ご了解を願います。
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