第7章ー3
山梨勝之進海相から、義勇航空隊の派遣要請の連絡を受けた梅津美治郎陸軍次官や伏見宮空軍本部長は、少なからず困惑することになった。
確かに、日本は(第一次)世界大戦において、欧州に航空隊を派遣していた前歴があるが、その際の航空機材等は、ほとんど現地提供(要するに英仏等からの)で賄われていたのである。
だが、それから約20年が経つ今となっては、日本でも航空機産業がそれなりに育っており、国産機を皆が愛用しているというのが、現状だった。
もし、欧州に義勇航空隊を派遣するならば、航空機材等はどうすべきか、空軍関係者は鳩首協議する羽目になった。
「本音としては、えらい手間暇がかかるのでやりたくはないのですが」
井上成美将軍が口火を切った。
「日本から航空機材を運んで、投入せざるを得ないと考えます」
「表向きは、鈴木重工なり、三菱重工なりが勝手に売ったという形式を整えてやるという事でいいか」
山本五十六将軍が口を挟んだ。
「その通りです」
井上将軍は言った。
「確かにその辺りが妥当か」
山本将軍も考え込みながら言った。
昔、第一次世界大戦の頃は、日本から欧州に赴いた航空関連の将兵は、欧州で初めて航空機に触れることが稀でなかったので、ある意味、問題が少なかった。
真っ白な状態、航空関係に無知な状態で実際に航空機に触れるので、その知識をそのまま吸収して、実際の戦場において、それを生かして戦い抜いたのである。
だが、今は違った。
操縦士にしても、整備員にしても、日本で既に航空機に触れているのが当たり前なのである。
そうしたことから考えると、日本製の航空機材をスペインの戦場に投入した方が、英国製等、外国の航空機材を投入するよりも、日本の(表向き)義勇兵にとっては、スペインの戦場において遥かに役に立つのは自明の理だった。
「スペインに投入する航空機材は、どうするのが、妥当だと考える」
「96式シリーズを、この際、ある程度は投入して、実戦評価しましょう」
「それは剛毅な話だが、何を投入するつもりだ」
「96式戦闘機、96式中型爆撃機、96式司令部偵察機の3種類は、いかがでしょう」
「確かにその辺りが無難なあたりか」
山本将軍と井上将軍は会話した。
スペイン内戦に航空機材を投入するとなると、余りにも多種類の航空機材を投入しては、整備等に支障が生じてしまう。
従って、ある程度は種類を絞らねばならないが、かといって、戦闘機のみ、爆撃機のみの投入で済ます訳にはいかない。
また、旧式機の投入で、お茶を濁すと言う訳にもいかなかった。
土方勇志伯爵から、有終の美を飾りたい、という圧力が、空軍に対して掛かっていたのだ。
山本将軍にしても、井上将軍にしても、世界大戦時には尉官級に過ぎず、当時、将官だった土方伯爵は、雲の上の存在と言っても過言では無かった。
「土方伯爵が、最後の戦場に赴くのに、それなりの機材を整備して、投入しないわけにはいきません」
日頃、辛辣な口調で知られている井上将軍が、少し丁寧な口調で言った。
「確かに、その通りだな。空軍としても最大限の配慮をしない訳にはいかん」
山本将軍が顔面に笑みを湛えながら言った。
「何だったら、井上、表向きは予備役編入の上で、スペインに行かないか」
「謹んで、遠慮させていただきます」
2人は、そう会話した。
「冗談はともかくとして」
山本将軍は、井上将軍に命じた。
「スペインの戦場で、活躍できる優秀な人材を選抜してくれ。彼らをスペインに送り込むことは、今後の役に立つ筈だ」
「分かっています。対ソ戦を考えれば、スペイン内戦の戦訓の研究の必要性は大です」
井上将軍はそう答えた。
実際、この戦訓は、後に大いに役立つことになる。
ここで、出てくる96式戦闘機、96式中型爆撃機、96式司令部偵察機ですが、カタログスペック的には、史実の日本陸軍の97式戦闘機、97式重爆撃機、97式司令部偵察機と、そんなに変わらない程度と考えてください。
第一次世界大戦の戦訓により、史実より1年ほど早く、97式シリーズが日本で実用化されていると思っても間違いではないです。
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