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幕間1-4

 8月17日の夕刻、横須賀の料亭「北白川」の一室に、土方勇志伯爵と岸三郎後備役海軍大将はいた。

 最初の料理の小皿は2人の前にあり、1合徳利がお互いの前に1本ずつ置かれ、乾杯を交わし、お互いに差しつ差されつといった感じで、2人は少し酒を酌み交わしあった。


「本音を言うとな。ここに来るのに、娘の忠子はいい顔をせんのだ」

「ほう。どういう理由ですか」

「若女将の幸恵が、総司や千恵子に似ている。本当は血がつながっているのでは、と思えるらしいのだ」

「考えすぎもいいところの気がしますが」

「そうは言っても、一度、裏切られたら、他にも裏切っているのでは、と思うのは人情だろう。それに忠子や総司には言っていないが、アランの件があるから、わしも、つい疑ってしまう」

「確かに」

 岸大将の半ば愚痴に、土方伯爵も肯かざるを得なかった。


 実際、「北白川」の若女将、幸恵は、総司や千恵子の学年的には1年上で、総司や千恵子の実父が新人士官として横須賀にいた頃の隠し子でもおかしくない。

 更に「北白川」の大女将は元芸者、幸恵の実父は不詳という噂を考えれば、否定しづらい話だった。


「ところで、ベルリンオリンピックのラジオ中継は、全国的に好評だったようですな。新しいラジオで、かなり聞かれたのでは」

 土方伯爵が、話を変えようとしたら、岸大将も話を変えたかったのだろう、すぐに乗った。

「ベルリンオリンピックのラジオ中継は、全て聞いてしまった。本当に興奮してしまった」

「これで、ますますラジオが普及しそうですな。一家に一台あって当たり前に、東京オリンピックの頃にはなるのでは」

「それ以上に普及して、一家に数台あるような気がするな」

 土方伯爵と岸大将は会話した。


「それにしても、ベルリンオリンピックで、日本は活躍できたな。石川め、嘘は吐かなかったか」

「確かに。サッカーが金メダルを取って、日本に凱旋帰国するとは思いませんでした」

 岸大将が更に話を切り替えたのを幸いに、土方伯爵は会話を続けた。


 ベルリンオリンピックで、日本は金メダル6個、銀メダル4個、銅メダル7個を獲得した。

 金メダル6個の内4個が水泳、1個が陸上、残りの1個がサッカーだった。

 1回戦で、独代表を破って以来、日本サッカー代表は連戦連勝を果たした。

 更に、決勝までの4試合全てで勝利を収め、その内容も4試合全てを合わせても無失点、総得点は24点という堂々たる勝利を、日本のサッカー代表は収めたのだった。


「1940年の東京オリンピックが楽しみだな。日本のサッカーは、きっと東京でも金メダルを獲得できるだろう」

「いえ、その前に1938年のフランスW杯があります。そこでも、石川は監督を務めるでしょうし、日本の代表選手達は、優勝を果たしてくれます」

「はは、それは凄い予想だ」

 土方伯爵の答えを聞いた岸大将が笑い転げ、土方伯爵もつられて笑ってしまった。


「さて、そろそろ本題に入ってくれないか」

 笑いを収めた岸大将は真顔になって、土方伯爵に尋ねた。

 岸大将は、土方伯爵よりも年長であり、海軍兵学校の先輩でもある。

 更に、身内関係を辿れば、岸大将の伯父は島田魁であり、言うまでも無く土方伯爵の父は土方歳三であることから言っても、深いつながりのある親友同士と言えた。


「できる限り、正直に言います。ですが、まだ、余り深いことは言えないのです。何しろ、いろいろと感情的なしがらみや国家機密の問題がありますので」

 土方伯爵も、真顔になり、深刻な顔をして言った。

「ほう、土方がそう言うということは、かなりの大問題だな」

 岸大将も腕組みをしながら言った。


「実は、スペインの内戦に、表向きは義勇兵として行かねばならないようなのです」 

 ベルリンオリンピックで、史実と異なり、サッカーで金メダルを取っているのに、何でメダル総数が史実より減るのだ、という猛突込みが入りそうなので、予め弁明しておくと、この世界では韓国が独立国なので、男子マラソンの金と銅のメダルは、日本では無く、韓国が獲得したからです(細かく考え出すと、眠れない話になりそうですし、本題ではないので、その辺りは史実通りにしました。)。


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