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幕間1-1 オリンピックとラジオ

幕間1です。


主にこの世界のベルリンオリンピックの話になります。

 その日、1936年8月2日の昼下がり、土方勇志後備役海軍大将にして伯爵は、親友にして海兵隊の先輩でもある岸三郎後備役海軍大将の自宅を訪ねていた。

 表向きは、親友と親交を温めるためである。

 だが、本当の目的は別にあった。


「土方伯爵ではありませんか、本当にお久しぶりです」

 偶々、庭に出ていた岸忠子、岸大将の次女は、土方伯爵に気づくと同時に、頭を下げながら言った。

「しばらくぶりです」

 土方伯爵は、岸忠子に頭を下げながら思った。

 岸先輩も、不運なことだ。


 本来から言えば、岸大将は、子爵、少なくとも男爵に叙爵されてもおかしくない存在だった。

 土方伯爵と同様に歴戦の軍人であり、日清、日露、世界大戦と前線で戦い、日本初、いや世界初の海兵隊の山岳師団編制に貢献している。

 だが、家庭の事情が、叙爵辞退へと岸大将を追い込んでいた。


 岸大将は、長男をチロルで、次男をスペイン風邪で、と世界大戦時に息子を全て失っていた。

 それだけなら、まだ、何とかなったのだが、次女、忠子の結婚が、飛んだ醜聞を引き起こしてしまった。

 忠子の婿は、忠子以外の女性、愛人にも子ども、娘を産ませていたのだ。

 更に何の責任も取らない内に(もっとも、忠子の婿は、愛人の妊娠を知らなかったらしいが)、忠子の婿は、ヴェルダン要塞攻防戦で戦死してしまった。


 岸大将が、日本に居れば内々に話が済んだかもしれないが、岸大将は、生憎、世界大戦の為に欧州にいたこともあり、醜聞が外部にまで広まってしまった。

 そして、肉親としての情もあったのだろうが、岸大将は、全ての息子を失ったこともあり、醜聞を引き起こした忠子夫婦の間の一人息子、岸総司を自らの養子として家督を継がせることにした。

 長女夫婦には、娘はいても、息子はおらず、総司しか、岸大将には、男の孫はいなかったのだ。


 ともかく、そういった家庭事情から、岸大将は、叙爵されるのには、家庭事情が相応しくないとして、叙爵の声が掛からなかった。

 林忠崇侯爵は、

「わしなんか、錦の御旗に銃弾を放っても、侯爵にまで陞爵された。西郷隆盛殿の息子も、侯爵に叙爵されているではないか。岸の件だが、本人に責任はあるまい。男爵に叙爵してもよいのでは」

 と、岸大将を弁護したが、岸大将自身が、

「そうは言われても、私の後をついで、襲爵するのは総司になりますし」

 と言って、叙爵を自ら固辞したのである。


 だから、総司は、岸大将にしてみれば、実の孫にして養子という立場だった。

 ちなみに総司の実父は、未だに岸家では微妙な扱いらしい。

 一応、法事等は総司がいるので、執り行っているが、その度に愛人とその娘も来るので、岸家にしてみれば醜聞がその度に蒸し返されるような気がして、いい顔が出来ないらしかった。

「愛人の癖に、面の皮が厚い」

 と総司の実母、忠子は顔をしかめるが、愛人側にしてみれば、娘が法事に参列して、何が悪い、という理屈である。

 下手をすると、それなら、法事等はこちらが行う、と愛人側が言いかねないので、総司の実母である忠子は、こちらが正妻で息子もいる、ということから、亡き夫の法事等を行っていた。


 そういえば、と土方伯爵は、更に思った。

 総司には、おそらく異母弟もいる筈だ。

 フランスで、総司の実父が愛人を作り、岸大将が激怒した。

 愛人とは別れさせたが、その愛人が息子を産んだと聞いている。

 アラン・ダブーという名だったと思うが、どうしているだろうか。


 世界大戦の際には、そんな感じで現地で愛人を作ったり、女遊びをしたりする将兵が後を絶たなかった。

 当然、子どももできる。

 その子ども達のことは、今でも日仏間で半ば政治問題になっている。

 きちんと解決したいものだ、土方伯爵は考えた。

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