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第3章ー7

 宇垣内閣の閣議を終えて、海軍省に山梨勝之進海相が戻ると、堀悌吉海軍次官が、海相室を訪ねてきた。

「どうでした。宇垣首相の態度は」

「やはり、海軍の大拡張については否定的だった」

 堀次官からの問いかけに、山梨海相は答えた。

「そうでしょうね。予算が無い以上、どうにもなりません」

 堀次官も、山梨海相の答えを予期していたのだろう、表情を変えずに応えた。


「しかし、海軍軍令部や艦政本部等は、それで、収まりますかね」

「収まらないだろうな」

 山梨海相と堀次官は、会話を続けた。

「3年毎に海軍軍備計画を見直してはどうか、という提案が宇垣首相からあった。この線で海軍内部をまとめる方向で動く」

 山梨海相は、堀次官に説明した。

「3年毎ですか」

 堀次官は問い返した。

「そうだ」

 山梨海相は、堀次官を相手に説明を始めた。


 宇垣首相としては、3年毎に海軍軍備計画を見直すということで、できる限り、海軍予算の先送りを図ろうとしている。

 我々もこれに乗る。

 但し、末次海軍軍令部長ら、海軍の拡張を図る旧艦隊派の面々には、別の説明をする。

 3年毎に、海軍軍備計画を見直すのは、それによって海軍予算をより獲得するためだと説明するのだ。

「成程」

 堀次官は得心した表情になった。


「ともかく、世界大恐慌対策で、かなりの金を遣っており、あの積極財政論者の高橋是清前蔵相でさえ、緊縮予算を組まねば、どうにもならなかったくらいだ。井上準之助蔵相が、海軍大拡張の予算を認めてくれると思うかね」

 山梨海相の問いかけに、堀次官は黙って首を横に振った。


 井上蔵相は、以前、濱口雄幸内閣の際にも蔵相を務めている。

 その際には、財政面から、ロンドン海軍軍縮条約締結を積極的に支持している。

 さすがに、直接、口には出さなかったが、当時、東郷平八郎元帥や加藤寛治軍令部長は、井上を斬れ、とまで暗に態度で示していたものだ。

 そして、前回の蔵相時と同様に、井上蔵相は緊縮予算を組むことを公然と表明している。

 末次らが、宇垣内閣阻止に動こうとしたのは、井上が蔵相に就任するのが目に見えており、そうなると海軍予算が思うように獲得できないのが、目に見えていたからだった。


「取りあえず、高雄級高速戦艦1隻と蒼龍級空母1隻については、建造予算を何とか認めさせられそうだ。これを手土産にして、末次らを口説く。君も協力してくれ」

「分かりました」

 山梨海相の言葉に、堀次官も肯きながら言った。


「海軍軍備計画を、宇垣首相は認めなかっただと」

 末次軍令部長は、軍令部長室を訪問して、宇垣内閣の閣議の状況を報告を行った堀次官に対して、不機嫌極まりない顔をしながら言った。

「全く、山梨海相は腰が据わっていない」

 山梨海相が目の前にいないこともあり、末次軍令部長は、公然と山梨海相を非難した。


 全く、気持ちは分かりますが、現役海相を公然と非難しないでください。

 堀次官は、顔に出さないようにしながら、内心で溜め息をついた。


「高雄級高速戦艦1隻と蒼龍級空母1隻では、日本の国防に、海軍軍令部は責任を持てない」

 末次軍令部長の更なる言葉に、堀次官は懸命に説得に掛かった。

「巡洋艦や駆逐艦と言った補助艦艇も建造されますし、これまでの軍艦の改装も行われます。それによっても、海軍の軍備は整えられます」


 実際、海軍軍縮条約脱退に伴い、比叡はできる限り、速やかに練習戦艦から、正規の戦艦に戻されることになっている。

 また、使い勝手の悪かった伊勢級空母にしても、「龍驤」が完成したことから、大改装が決定している。

 それらを考えれば、日本海軍の整備は、順調に進んでいると言えるはずだった。

「確かにそれについては、否定できんがな」

 末次軍令部長は言葉を濁した。

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