プロローグー3
米内光政海兵本部長は、先日、1935年10月下旬のとある日、斎藤實首相に、秘密裏に料亭に呼び出されていた。
「済まないね。君の識見を、あらためて、直接、確かめたい」
米内海兵本部長の前に表れた斎藤首相は気さくに、米内海兵本部長に声を掛けた。
斎藤首相と米内海兵本部長は、海兵隊の先輩、後輩の関係に当たる。
また、斎藤首相が水沢伊達藩の家臣の出身であり、米内海兵本部長が盛岡藩の家臣の出身である等、同じ東北出身で、戊辰戦争の味方同士であったという因縁もあった。
それ故、斎藤首相は、米内海兵本部長にそれとなく目を掛けてきていた。
「いきなり、何事でしょうか」
米内海兵本部長は、斎藤首相が自分を呼び出した理由が分かっておらず、正直に言って戸惑っており、斎藤首相にまずは尋ねた。
「まずは、政治の雑談から入ろうや」
斎藤首相は、そう言って、米内海兵本部長と差し向かいに座った。
「今の日本の現状をどう見る」
斎藤首相の問いかけに米内海兵本部長は、正直に答えた。
「日本国内は小春日和と言ったところでしょうか。国外の天候は大荒れ気味ですが」
米内海兵本部長は、正直に自分の思うところを答えた。
「それでは、国内の現状を、自分の言葉で語ってくれないか」
斎藤首相は、追加で注文を出した。
「日本の経済状況は、英のスターリングブロックに加入したことや、満洲で黒龍江省油田が間もなく本格的な商業採掘に入るという見方から、楽観的な見方が広まっており、外国との交易に不安はありません。それに、高橋是清蔵相による積極財政も相まって、国内需要もかなり好転しています。政治も、そう悪くは無いようですな。五・一五事件の反省により、かなりの政治家、議員が襟を正したようで、選挙公営法が成立しました。その際に、立憲政友会と立憲民政党が事実上の談合をして、小選挙区制が採用されるとは私は思いませんでしたが。その他にも、いろいろと法案が成立していますな」
米内海兵本部長は立て板に水のように論じた。
斎藤首相は笑いながら言った。
「見事に要約したものだな」
米内海兵本部長も笑い返した。
「後で説明するが、小選挙区制が実はちょっとした問題を引き起こしているのだ。君はその為に来てもらった。国外情勢の説明を頼む」
斎藤首相は、追加注文を出した。
「まず、東アジア情勢ですな。満州国を巡る情勢は、厳しさを増しています。蒋介石としては、満州国の国力が充実次第、長城線を越えて中国統一のための南征に踏み切りたいようですが、北京政権も国力を蓄えています。蒋介石は、南征を行うに際しての日米韓の助力を当てにしていますが、そう当てにされても困る、というのが私の考えです。もっとも、それ以前に、ソ連の動きが不気味です。五か年計画を順調に遂行することで、国力を蓄え、軍事力を増強しつつあります。第二次ロンドン軍縮条約が、日米の反対により潰れたのは、そのためでしたな。ソ連の軍事力も、ある程度は制限すべきだ、と日米は主張したが、ソ連が軍縮条約に参加する訳がない。それなら日米は軍縮条約から抜けると言い、英国もそれを認めた」
米内海兵本部長は、一旦、そこで、言葉を切った。
斎藤首相は、その言葉に黙って肯いた。
「ソ連が謎の新戦艦を建造するという情報が流れたら、そりゃ、日米は目の色を変えますよ。大方はブラフでしょうが、ソ連は、仏伊に戦艦建造について技術等のノウハウ提供を公式に求め、米国のギブス&コックス社にまで航空戦艦というキワ物が造れないか、と非公式に打診したそうじゃないですか。ソ連と独との関係は言うまでもない。日米海軍本体が逸るわけです」
米内海兵本部長は、斎藤首相に半ば愚痴るように言った。
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