第3章ー2
しかも、それが全くのデマ、ガセネタとは言えないところが、悩ましかった。
実際、ウラジオストックで整備中の港湾設備を、苦心惨憺の末に調べたところ、約7万トン級の艦船に対応可能なように拡張中という情報が、日本には入っていた。
また、レニングラードやニコラーエフ、モロトフスク等で海軍工廠の拡張工事を、ソ連は行っているという情報も英国から日本に入っていた。
これらの情報を統合すれば、ソ連は約7万トン級の戦艦4隻を(最大だが)同時に建造して、その運用ができる能力を持ちつつあるのでは、という推測が成り立った。
更に7万トン級の戦艦と言うことは、と日本海軍の艦政本部長の中村良三大将や、軍令部長の末次信正大将は半分喚いた。
ソ連は、18インチ砲を主砲とする戦艦を建造している可能性がある。
実際、18インチ砲を主砲とするならば、それに対応する装甲を張り巡らす必要が生じ、巨大化するのは自明の理である。
日本海軍も、18インチ砲を主砲とする戦艦を保有しないと、ソ連海軍に対抗できない、というのだ。
確かに、18インチ砲を主砲とする戦艦1隻が、ソ連太平洋艦隊に配備されただけでも、日本海軍は14インチ砲12門を搭載した扶桑級戦艦2隻、14インチ砲8門を搭載した金剛級戦艦3隻(比叡は、練習戦艦なので戦力外状態)を基幹とする戦力であり、その対処に苦慮する相手と言えた。
それだけの戦力が、ソ連海軍に4隻も保有されたら。
日本が、海軍軍縮条約破棄を決断し、米国もそれに追従したのは、こういった伏線があった。
英国は15インチ砲戦艦を保有しているので、そこまで切迫した危機感を持たなかったが、米国も14インチ砲戦艦しか保有していない。
ソ連海軍が、18インチ砲戦艦を保有する可能性があることに過敏にならざるを得なかった。
しかし、と山梨勝之進海相やそれを支える堀悌吉海軍次官らは、疑問を呈した。
本当にそんな大戦艦を、ソ連は建造して、運用できるのだろうか。
山梨海相が、30ノットオーバーの最高速力を発揮し、18インチ砲を主砲とする戦艦を、実際に日本で建造できるのか、と中村艦政本部長に命じて、艦政本部内部で検討させたところ、極めて困難という回答が返ってきたのである。
18インチ砲を搭載して、それに対応する防御力を備えた戦艦を建造するとなると、27ノット程度の中速戦艦になる。
30ノットオーバーという最高速力を満たすのなら、16インチ砲を搭載して、それに対応する防御力を備えるのが、日本では精一杯というのが基本的な回答だった。
どう考えても、ソ連の方が、日本より戦艦の建造技術に優れているとは思えない以上、ソ連の幻の新戦艦が、18インチ砲を搭載し、最高速力30ノットオーバーというのはあり得ない、というのが山梨海相らの判断だった。
だが、16インチ砲を搭載した高速戦艦であっても、そのような戦艦をソ連太平洋艦隊が保有したら、日本海軍が対応に苦慮するのも事実だった。
実際に、高速戦艦を、例えば、通商破壊のような任務に投入するのは、コスト的に引き合わず、あり得ない話と考えられるものの、その高速戦艦を囮にして、日本海軍の主力艦隊を引きつけ、その間に潜水艦を通商破壊任務に解き放つ、という第一次世界大戦の独のような戦法を執る可能性は否定できなかった。
こうした考えから、16インチ砲を搭載した高速戦艦と、18インチ砲を搭載した中速戦艦の二本立てで日本海軍の拡張は行われる方向になった。
それを見た米国海軍も、日本海軍を見習って軍拡に奔った。
こちらは、どちらかというと、不景気対策が主だった。
だが、米国の国力は、日本海軍を瞠目させる海軍軍備を可能にしていた。
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