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第2章ー9

 米内光政提督は、立憲政友会総裁代行に就任することを承諾すると、ほぼその足で、自分を衆議院議員に転職させた斎藤實首相の下を訪ねた。

 斎藤首相は、総辞職の準備を進める合間を縫って、米内提督と会った。


「実は、立憲政友会総裁代行に就任することになりました」

「えらい大出世だな」

 米内提督の報告に、斎藤首相は驚いた。

 結党以来、立憲政友会総裁は、初代伊藤博文から第6代犬養毅まで、歴代総裁が首相を務めたことがあるという超名門政党である。

 鈴木喜三郎は、第7代立憲政友会総裁として、首相を務めようとしていたのだが、結局、志半ばで立憲政友会総裁を事実上辞任する羽目になっていた。

 米内光政は、代行とはいえ、事実上第8代の立憲政友会総裁になることになる。


「今後、どうすればよいのか、先達の教えを乞いたいと思い、参上しました」

 米内提督は、斎藤首相に頭を下げながら言った。

「わしも、内閣総辞職の処理で忙しい身だが、3月中旬くらいには相談に乗れるだろう」

 斎藤首相は、そう言って、米内提督の後押しをすることにした。


 3月中旬のある日、斎藤前首相の私宅を、米内提督は訪ねていた。

 斎藤前首相の私宅には、斎藤首相以外に、2人の人物が待っていた。

 牧野伸顕前内大臣と、その娘婿の吉田茂だった。


 牧野前内大臣と斎藤前首相は、第一次山本権兵衛内閣当時、外相と海相として共に内閣の一員となって以来の親交があり、斎藤内閣当時は、その支持者として牧野内大臣は振る舞っていた。

 更に、鈴木貫太郎侍従長も斎藤内閣を支えていたことから、宮中の信認を得ているとして、斎藤内閣は、その手腕を振るえていたのである。

 だが、牧野内大臣は持病の神経痛等が悪化したこともあり、斎藤内閣総辞職を機に、湯浅倉平を後任の内大臣として辞職していた。


 斎藤前首相が口火を切った。

「牧野さんとも相談したのだが、立憲政友会総裁を務めるなら、ある程度の顧問が必要だろう。牧野さんは自分の娘婿の吉田茂、前駐伊大使を推薦してこられた。田中義一内閣当時、外務省の次官を務めたこともある縁で、立憲政友会との縁もある。どんなものだろうか」

「それはありがたい」

 米内提督は、素直に感謝した。


 吉田茂は、アジア通として知られており、立憲政友会とのつながりも、それなりにあった。

 また、米内提督とは、対北京政府警戒派として話が合うところがあった。

 更に岳父の牧野前内大臣の縁等から、官僚界にも顔が広かった。

 

「少しでも気に食わないことがあったら、すぐに辞めてもいい、という条件付きなら、立憲政友会の政策顧問をお受けしたいと思います」

 吉田は、傲岸不遜な態度を示した。

「それでも構わないよ。自分に力を貸してほしい」

 米内提督は鷹揚な態度だった。

 これは、ひとかどの人物だ、そう見てとった吉田は、この後、立憲政友会で、米内総裁代行を支えることに決めた。


 少し話が先走るが、この後の衆議院総選挙で、米内総裁代行の勧めもあり、吉田は、高知県から立憲政友会公認の代議士として立候補することになり、見事に当選する。

 また、この総選挙で、立憲政友会を立て直した米内光政は正式に総裁に就任し、吉田はその右腕と目される存在になった。

 また、米内=吉田コンビを慕って、若手の新進官僚から代議士に転身する者もおり、そうした面々は、米内=吉田の派閥を作った。

 池田勇人、佐藤栄作といった面々が、その主な人材である。


 米内総裁の死後は、盟友として吉田がその派閥を引き継いだ。

 吉田の引退後、更に池田、佐藤が吉田派の流れをくむ各自の派閥を率い、と立憲政友会の後の大主流派を、この米内=吉田コンビは育むことになるのだが、そのきっかけは、この時の2人の出会いにあった。 

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