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第2章ー2

 山本五十六空軍中将は、その翌日、口実を設けて、東京でのブリュッセル会の事実上の窓口になっている陸軍省軍務局長の永田鉄山少将を訪ねた。

 本当の理由は言うまでも無く、米内光政の岩手一区での当選への協力依頼である。

 山本中将は、単刀直入に相談に入った。

 だが、永田も知恵者である。

 いつの間にか、腹の探り合いになった。


「米内提督が予備役に入り、岩手一区から、立憲政友会公認の衆議院議員候補者として、立候補されることになりました。少しでも協力していただけないでしょうか」

 山本が頭を下げながら言うと、永田は微笑みながら言った。

「軍人は政治に関与せずです。選挙に際して動く等、断じて許されるものではないと考えますが」

「現役軍人に動いてほしいと言っているわけではありません。在郷軍人会に動いてほしいのです」

「それはそれは大変なことを言われる」

 永田は、難しそうな顔をした。


 在郷軍人会は、陸海軍共通の組織であるが、実際問題として陸軍軍人の方が圧倒的に多い。

 また、本部は陸軍省に置かれており、各府県単位で支部が置かれる等、全国組織である。

 各地の師団司令部、連隊司令部が、支部等の指導を行う等、陸軍の部隊との関連も深い。


「岩手1区は、第8師団の管区。第8師団は、永田少将の陸軍大学同期である下元熊弥中将が、師団長になられたばかりだとか。こっそり、下元中将に、岩手の在郷軍人会の会長の耳にささやいていただけるだけでも構いません」

「証拠を残さないということですな」

「それは言わない話でしょう」

 永田と山本は、腹の探り合いをした。


「ちなみに山本中将は、米内提督の依頼を受けて来られたのですか」

「いいえ、私の勝手働きです。所属する組織こそ違うようになりましたが、海軍兵学校の先輩の米内提督には代議士になっていただきたい、と考えての行動です」

 永田の問いかけに、山本は顔色一つ変えずに平然と言った。

「そういうことにしておきましょう」

 永田も平然と言った。


「とりあえず、頼まれ事は分かりました。在郷軍人会に頼みごとをするとなると、私の独断で動くわけにはいきません。梅津中将らに相談させてください」

 永田の言葉に、山本は肯いて、永田の下を辞去した。


 その数日後、在京のブリュッセル会の面々が、半秘密裏に集っていた。

 永田少将からの連絡を受けた梅津中将は、山本中将の依頼を受ける気になっているが、梅津中将は基本的に仙台にいる身である。

 在京の面々の説得を永田少将に、梅津中将は一任せざるを得なかった。


「米内提督を代議士にするのに協力するかどうかか」

 岡村寧次少将は呟いた。

「あまり動く必要はない。下元熊弥中将が、岩手県の在郷軍人会会長にささやく程度でいいとのことだ」

 小畑敏四郎少将が補足した。

「それくらいなら、いいのではないか。米内はいい奴だ」

 山下奉文少将が吠えた。

「では、米内提督を代議士にするのに協力するということでいいな。ただし、協力はその程度だ。あまり深入りする訳にはいかんからな」

 永田少将の取りまとめの意見に、その場に居たブリュッセル会の面々は、皆、肯いた。


 1936年2月20日、第19回衆議院選挙の投票が行われた。

 与党立憲政友会は大敗し、466の議席の内195議席しか確保できず、野党立憲民政党が残りの議席をほぼ確保した。

 立憲政友会総裁、鈴木喜三郎自身も落選するという与党の大敗だった。

 そうした中で、米内光政は岩手一区全体で有効投票の約7割の票を獲得するという大勝を得、立憲政友会で気を吐いた。

 いうまでも無く、その知名度に加え、在郷軍人会が動いたからである。


 この選挙結果により、日本は激動することになる。

 斎藤實首相は、内閣総辞職の意向を示した。 

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