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エピローグー5

 林忠崇侯爵の東京の私邸を、土方勇志伯爵が訪ねたのは、帰国した翌々日のことだった。

「帰国したばかりだろう。別にそう急いでくることは無いだろうに」

 来訪した土方伯爵を、林侯爵は歓迎して言った。


 土方伯爵は、スペインであったこと、欧米諸国で旧知の軍人等と話し合ったこと等を、林侯爵に伝えた。

 林侯爵の方は、新聞には載っていない、自分の把握している様々な機密性の高い情報について、土方伯爵に伝えた。

 お互いに伝えたいことを話し終えると、お互いに溜め息を同時についていた。


「日本国内は、中国内戦への対応を巡って、強硬派と穏健派がしのぎを削る状況ですか。宇垣一成首相らは中国内戦不介入主義ですが、米内光政立憲政友会総裁代行らは、中国内戦介入止む無しで、中国大陸に派兵すべきだと言っている」

「ああ、取りあえず、満ソ国境警戒という名目で、関東軍の増強が決まり、派兵が始まっている。それによって、満ソ国境に展開していた満州国軍が南下し、蒋介石が優勢に立ちつつあるが、北京まで抑えるのが精一杯だ。下手をすると泥沼化する」

「厄介ですな」

 土方伯爵は呟き、林侯爵も肯いた。


「スペインからの難民流出だが、何とかスペインへの難民の帰還が始まった。だが、どうも帰国した難民がスペイン国内で、民衆レベルで迫害される例が多発しているらしい。また、難民が流出してはかなわないので、フランスをはじめ諸外国政府が、スペイン政府に対応を求めているが、民衆が勝手にやっている、という態度で、スペイン政府の腰が重い。それに、帰国した難民を、政治犯罪では無く、政治犯罪以外で引っかけて、スペイン政府が処罰している例まで出ているらしい。政治犯罪以外となると、諸外国政府も抗議しづらいからな」

「厄介な状況ですな。スペインは、中々和解が進みそうにないですな」

 自分で、火を煽るようなことをしておいて、言ってはならない事だが、と自省しつつ、土方伯爵は、林侯爵が教えてくれた最新のスペイン情勢に昏い想いをせざるを得なかった。


 昏い気分のまま、林侯爵の私邸を辞去し、土方伯爵は、友人の岸三郎大将が待つ横須賀の料亭「北白川」に向かった。

 土方伯爵としては、岸大将の自宅を訪ねるつもりだったのだが、岸大将からそこを指定されたのだ。


「済まんな。今、君が家に来ると、ますます忠子が荒れるのだ」

 岸大将は、土方伯爵と顔を合わせると開口一番に言って、頭を下げた。

「何があった」

「何も聞いていないのか」

 土方伯爵は、本当に何も聞いていなかったので、ただ驚くだけだった。


「てっきり、息子から聞いていると思っていたのだが。土方、初孫の勇が、将来のことを考えたい、と言っている女性が出来た、というのを聞いていないのか」

「帰国したばかりで忙しくて、息子の歳一が自分に言いたいことがあるのは察したが、後回しでいいだろうと考えて聞いていないのだ」

 二人は、更にやり取りをした。


「実はな。君の初孫、勇が、将来のことを考えたい、といっている女性は、君にも覚えがある女性なのだ」

「ほう。気が早い話だと思うが、戦雲高まる中、勇が、そんな気になるのも分からなくもないな。一体、誰が相手なのだ」

「篠田千恵子だ」

「何だと」

 土方伯爵は、岸大将の言葉に驚きつつ、思った。


 岸総司のみならず、アラン・ダヴーと自分は知り合い、篠田千恵子とも縁ができようとしている。

 世間は狭いと言うが、それにしても。


「ともかく、それで、忠子の機嫌が余り良くない。私生児の身で、玉の輿に乗れそうなんて、それも、よく知っている相手なんて、とな」

 岸大将は、少し愚痴った。

 土方伯爵は、現実逃避の思考をしながら想った。

 内憂外患に自分自身が落ちてしまった。

 これで、一旦、完結です。

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