第10章ー6
そうこうしている間にも、「白い国際旅団」を主力とするスペイン国民派のバレンシアからマドリードへの進軍は続いていた。
土方勇志伯爵は、余り本意では無かったが、マドリードへは部隊をゆっくりと進軍させていた。
バルセロナを自分が陣頭指揮で陥落させ、返す刀でマドリードも自分が陥落させたという形を整えたい、とフランコが強硬に主張したからだった。
これは政治的には極めて正しい主張だった。
マドリードは、仮にもスペインの首都である。
そこを外国人が主力とする部隊が制圧することになり、しかも最高指揮官が外国人と言うのは、余りいい事態とは言い難い話だった。
そういうことから考えると、フランコの主張は、もっともと言えた。
だが、軍事的には別だった。
ゆっくりと進軍するということは、それだけスペイン共和派が最後の抵抗を試みるだけの準備を整えられるという事も意味していた。
もちろん、ゆっくりと進軍することで、軍事的圧力を掛け、スペイン共和派の動揺を誘い、内部分裂を誘えるという側面もあるから、単純に軍事的に悪いとは言えない。
だが、これまで機動戦を本領として来た「白い国際旅団」からすれば、ストレスが溜まる進軍だった。
そして、ピエール・ドゼー大尉が戦死する事態が起きたのも、そのためとも言えた。
「厄介なことになったな」
アラン・ダヴー少尉は思わず小声で呟いていた。
航空偵察により、共和派の陣地の大部分を把握しているという油断が無かった、といえば嘘になる。
スペイン共和派は、マドリードへの進軍の際に通らねばならない、林により視界がさえぎられがちの山道の谷合に擬装陣地を巧みに幾つも構えていた。
しかも、前衛、中部が通り抜け、後衛にいる自分達が入り込んだのを見計らって、砲撃を含む攻撃を仕掛けてきたのだ。
完璧な罠と言えば、罠を仕掛けられていた。
慌てて、地面に伏せ、自動車の陰に潜もうとしたり、砲弾穴に飛び込んだり、何とかタコツボを掘ろうとしたり、という醜態を自分や部下はさらしている。
いざという場合に備えて、上空哨戒任務に就いていた戦闘機隊が、地上掃射を砲撃を仕掛けてきた敵の野砲陣地に浴びせたので、短時間の砲撃で済んだが、その間に敵歩兵が潜んでいた陣地から飛び出してきて白兵戦を仕掛けてきた。
こう至近距離の交戦となっては、航空支援は期待できない。
白兵戦で応戦するしかない。
アラン・ダヴー少尉は部下と共に応戦した。
奇襲効果が薄れた、と敵歩兵の指揮官が判断したのだろう、小一時間もしない内に、敵歩兵は、死傷者を遺して撤退していった。
ダヴー少尉が、ほっとしていると、兵の一人が自分の下へ慌てて駆けて報告した。
「ドゼー大尉が重傷です」
ダヴー少尉も慌てて、ドゼー大尉の下へ向かった。
ドゼー大尉は、腹に砲弾片を複数、受けていた。
当初は、衛生兵が何とか止血しようとし、救命しようとしたのだが、どうにも助かりそうになかった。
それで、今や痛み止めのモルヒネを注射して、安楽な死を迎えられるように努めつつある状況だった。
「済まんな。中隊の指揮を、君に託す。君が一番の適任だ。高木惣吉中佐も認めるだろう」
ドゼー大尉は、開口一番に言った。
ダヴー少尉は、無言で肯いた。
「私の私物が入った袋の中に、住所を書いた紙が入っている。君が帰国したら、妻に私の形見のロザリオを訪ねて行って手渡し、私の最期を伝えてくれ」
ドゼー大尉は、更にダヴー少尉に頼みごとをした。
これにもダヴー少尉は、無言で肯いた。
ダヴー少尉は、内心が荒れ狂う余り、却って言葉が出なくなっていた。
本当に、もうすぐ帰国できそうな時に亡くなることも無いではないか。
ダヴー少尉は、ドゼー大尉を無言で看取った。
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