第10章ー4
アラン・ダヴー少尉の見る限り、カサンドラは、娼婦というよりも素人女だった。
2階の一室(ダヴー少尉の推測する限りだが、カサンドラ等が娼婦の商売をする際の自分用の個室)に、ダヴー少尉を誘った後、服を脱いで、商売をしようとしているのだが、どうにも素人っぽかった。
服を脱ぐのを、誘うためと言うよりも、羞恥心から躊躇っているのだ。
ダヴー少尉が、どうにも疑問を抱いてしまう状況だった。
ダヴー少尉は、更に腹を括ることにした。
「ちょっと待ってくれ」
ダヴー少尉は声を上げて、カサンドラが服を脱ごうとするのを止めた。
「伝えたいことがあって来ただけだ。「赤い国際旅団」所属のマルランという男から、君への伝言を頼まれた。自分が死んだことを伝えてくれ、と。余程、大事なことなのだろう、と自分は考えて来た。あの場で言うのが躊躇われたので、ここで言う。失礼する」
本来、カサンドラを抱くためにここへ来たのではない、マルランから託された伝言のために行かねば、自分はそう考えて、ここに来たのだ。
娼館に来た時点で、こうなることを本来は予測すべきだったが、予測しきれなかった。
自分の失敗だ。
そう考えて、ダヴー少尉は、言うべきことを言った、と考えて部屋から出ようとしたが、カサンドラに引きとめられた。
「あの男が死んだの。あなたが殺したの」
カサンドラの問いに、ダヴー少尉は、思わず肯いた。
本当は違うかもしれない、だが、カサンドラの勢いが、肯かざるを得ない雰囲気を醸し出していた。
そして、それへのカサンドラの反応は、ダヴー少尉の予測とは完全に違っていた。
「ありがとう。本当にありがとう。一生懸命に頑張らせてもらうわ。無料でもいいわ」
カサンドラは泣きながら、ダヴー少尉にすがりついていた。
一体、どういう関係だったのだ、ダヴー少尉は、疑問を覚えてならなかった。
ある程度、落ち着いた後、カサンドラは、ダヴー少尉にぽつりぽつりと話しだした。
自分が、元は治安警備隊の下級幹部の妻だったこと、3歳の娘がいたこと、そして、スペインが内戦に突入した際、夫はスペイン国民派に与して殺されたこと、そして、周囲から迫害を受け、娘は死に追いやられて、自分はこんな商売をするようになったこと。
「ここなら、自分から話さない限り、過去を聞かれることは無いから。そして、スペイン共和派のふりをしていたの」
カサンドラは、涙をこぼしながら言った。
マルランは、自分の聞いた話だと、(第一次)世界大戦の際には、フランス軍の下士官だった。
そして、世界大戦末期のインフルエンザ流行で妻子を亡くし、天涯孤独の身だった。
それもあって、「赤い国際旅団」に志願して、スペインに来たとのことだった。
「大方、同情心を引こうとした嘘でしょうけど」
スペイン共和派の人間に抱かれるのは嫌だったが、生きていくためには仕方なかった。
マルランは、自分を気に入ったらしく、何度も指名した。
「私が亡くなった妻か、娘が成長した姿に見える、と言っていたわ。私は心底、嫌だった」
ダヴー少尉は、カサンドラが落ち着いたら帰るつもりだったのだが、カサンドラが放さなかった。
「私を抱いて。あの男の事を忘れさせて」
カサンドラに半ば哀願され、ダヴー少尉は彼女を何度も抱いた。
結局、ダヴー少尉が彼女から解放されたのは、明け方だった。
彼女はお金はいらない、と言い張った。
「私のせめてもの御礼よ」
だが、ダヴー少尉の方が拒んだ。
「自分の気が済まない。こればかりは自分の我が儘を聞いてくれ」
ダヴー少尉は、英ポンド紙幣を何枚も彼女に渡した。
今の状況では、金にも等しい代物だ。
ダヴー少尉は、帰営した後も、数日の間、物思いに耽らざるを得なかった。
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