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第10章ー2

 その一方で、アラン・ダヴー少尉の所属する「白い国際旅団」を主力とする部隊は、エブロ河における勝利の余勢をかって、土方勇志伯爵の指揮の下、速やかに進撃していた。

 ダヴー少尉にしてみれば、かつてのア・コルーニャからオピエドへの北部戦線の急進軍を思い出させる快進撃だった。

 第一目標は、バレンシアだった。

 バレンシアを制圧し、その近辺に飛行場を設置して、そこからの航空攻撃を駆使することで、完全に地中海からのスペイン共和派への補給線を断ち切り、スペイン共和派の抗戦能力を消失させる。

 土方伯爵は、そのように考えて、指揮下にある各部隊に指示を下していた。


 この急進撃は、味方の一部にも不安を引き起こした。

 時には1日に20キロ以上もの急進撃を行い、しかも自動車による輸送に、その進撃する部隊の補給を頼ろうというのである。

 欧州出身の兵の多くにしてみれば、初めて経験する事態であり、不安を覚えるものだった。

 だが、土方伯爵以下の日本の海兵隊軍人の多くにしてみれば、経験済みのことだった。


「さすがは、作戦の神様だな」

「お褒めに預かり、恐悦至極」

 土方伯爵の軽口に、石原莞爾大佐は芝居がかった所作で答えていた。

 エブロ河での大勝以降、バレンシアへの急進撃作戦を主に立案したのは、石原大佐だった。

 石原大佐自身の満州事変の経験もあり(更に表立っては言えないが、米からの民需用名目の大量のトラック等の自動車提供もあった。)、その経験を生かして立案された作戦に基づく急進撃だったのである。

 勿論、この場に居る日本の海兵隊の軍人の多くが、満州事変に従軍していたことから、その際の大小様々な経験も生かして、この急進撃を行っていた。


 ダヴー少尉からしてみれば、夢のような進撃だった。

 フランス陸軍士官学校で、このような機動戦が、将来、行われると予測する教官もいたが、それも将来の話だ、というのが、前提の話だった。

 だが、今、それがスペインの地で実地に行われている。

 部下達の会話が、自分の耳に入ってくる。

「これが、現代の戦争なのか」

「自動車を縦横に使って、進撃を行う。こんな戦争、想像していなかった」

 その会話に、ダヴー少尉も(口には出さなかったが)同意せざるを得なかった。


 一方、この急進撃にさらされたスペイン共和派の諸部隊は、エブロ河の大敗に伴う部隊の再編制も、ままならないままの抗戦を余儀なくされた。

「白い国際旅団」を主力とするスペイン国民派の諸部隊の急進撃を、現地の司令部が把握し、迎撃態勢を整える前に、スペイン国民派の諸部隊が攻撃を仕掛けてくるのだ。

 何重もの陣地帯を構えるどころか、まともな塹壕線一つ築く余裕すらないような攻撃の嵐である。

(ちなみに、この急進撃には、航空隊の密接な支援があった。航空偵察により、敵の状況を把握し、弱点部に空襲を加えることで、戦果を拡大する方法である。航空優勢を完全に喪失したスペイン共和派にとって、厄介極まりない方法で、対処が極めて困難だった。)


 かくして、1937年の9月末には、バレンシアは、土方伯爵指揮下のスペイン国民派の諸部隊により、海以外の部分は包囲された状態になり、マドリードやアリカンテ等からの補給、連絡は途絶した。

「恐らく、数日でバレンシアは陥落するな」

 土方伯爵は、バレンシア市街を望みながら呟いた。


 一方、その頃、ダヴー少尉は、全く別のことにつき、物思いに耽っていた。

 バレンシア港の近くの「饗宴」という名の娼館にいるカサンドラという名の娼婦、彼女にマルランの最期の言葉を伝えることができるだろうか。

 その言葉を聞いた時、彼女はどういう反応を示すだろうか。

 そもそも、彼女が今でもその娼館にいるのだろうか。 

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