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第9章ー12

 それの少し前、エブロ河上流に設けられたダムの一つが望見できる所に、土方勇志伯爵と「白い国際旅団」の司令部の面々は集っていた。

 その末席には、蒋介石の養子、蒋緯国満州国陸軍少尉がいる。

 養父にサムライの戦い方を実地に見てこい、と言われ、懸命に日本語を覚えた末に、この場に蒋少尉は遥々と派遣されてきていた。


 蒋少尉は、思わず呟いていた。

「こんな古典作戦が本当に行われるなんて」

 中国語で呟いたので、周囲には分からないと思ったのだが、土方伯爵には何となく意味が取れたらしい。

「中国で漢の頃には行われていたとはいえ、優秀な軍人なら、使える作戦なら何でもやる」

 土方伯爵が、周囲に分かるように少し大声で独り言を言い、蒋少尉はその言葉に深く肯いた。


 河の水を敵が渡河する際に増水させ、敵を分断、敗北させる。

 漢建国の名将、韓信が、項羽の部下、龍且の率いる大軍を破る際にも使われた古典作戦である。

 こんな古典作戦をここで使うとは、と土方伯爵は内心で思ったし、蒋少尉も同様に思った。


 そのために水位が上がることを見据えて、最低3メートルの丘の上に陣地を構えさせたのである。

 機密保持のために、大作戦を行う必要上、丘の上に陣地を構えろ、としか下士官、兵クラスには指示を出していないが、察しのいい面々は、それだけで分かるだろう。


 問題は、沿岸や河口近辺での洪水被害の大きさだった。

 エブロ河流域の地図を確認し、2メートル程度の水位上昇があっても、そう大きな洪水被害は出ない、と予測されてはいたが、こういうのは予測外の被害が出るものである。

 だからこそ、今後の風評被害を考え、フランコはこの作戦実行にいい顔をせず、現場にいることも拒否したのだった。

 外国人の土方伯爵の独断、ごり押しで、この作戦が実施されたのだ、と言い訳をフランコはしたかったというわけだった。


 そして、ダムが放水し、エブロ河の水位が上昇し出すと、スペイン共和派の部隊の多くに動揺が走った。

 渡河を完了している戦車を主力とする部隊は、今や自分達のいる所が背水の陣となり、水に浸かって、自分達に溺死の危険が迫っていることに気付くと、目の前のスペイン国民派が陣地を構えている丘を急襲して占領しようと試みた。

 また、工兵部隊は、既に渡河している部隊を救おうと、慌てて水位上昇に合わせて渡河機材を設置し直そうとした。

 だが、それは「白い国際旅団」を主力とするスペイン国民派の部隊からすれば、読まれた行動だった。


「対戦車陣地を攻める際には、戦車には歩兵との連携が必要不可欠なのを教育してやるか。授業料は自分の命で支払ってもらうことになるが」

 アラン・ダヴー少尉は、周囲に聞こえるように独り言を言って、部下に指示を出した。


 軽機関銃班と小銃部隊は、敵歩兵を射撃で制圧すると共に、戦車兵を戦車の中に籠らせるように射撃を浴びせた。

 その間に、擲弾筒班は、擲弾筒を、ほぼ水平撃ちすることで、敵戦車の履帯や懸架装置に擲弾による損傷を与え、戦車を行動不能にした。

 そして、行動不能になり、味方歩兵による支援を受けられなくなった敵戦車に火炎瓶を投げ付け、戦車を炎上させることでトドメを刺す。

 ダヴー少尉達、日系人義勇兵の対戦車戦闘は、対戦車砲を持たない歩兵が戦車と戦う際の模範ともいえる戦闘だった。


 勿論、実際に敵戦車を最も撃破したのは、隠蔽された対戦車砲による射撃だった。

 鹵獲した88ミリ砲やバスク自治政府から入手したソ連製75ミリ野砲は、容易にBT戦車を破壊した。

 しかし、絶対の自信を持っていた味方の戦車が敵歩兵に容易に撃破されるのを見せつけられた、スペイン共和派部隊の士気は最低に近いまでに降下していくことになった。

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