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第9章ー11

 とはいえ、実際に自分達がこもっている塹壕陣地から、エブロ河に架橋しての渡河を試みようとしているスペイン共和派の軍隊に対して、本格的な猛射を浴びせても、そんなに意味が無いことが、自分の理性の中では、アラン・ダヴー少尉は理解できていた。


 エブロ河の今の水面から、最低3メートルの高さの丘に、できれば5メートル以上の高さの丘に塹壕を掘り、対戦車用を主眼とする陣地を構えろ、とダヴー少尉も所属している「白い国際旅団」の面々は、この地の最高司令官である土方勇志伯爵から予め厳命されていた。

 そのため、所によっては、「白い国際旅団」の面々は、エブロ河からかなり離れたところに、陣地を築からざるを得なかった。

 実際問題として、ダヴー少尉が籠っている塹壕から、エブロ河の河岸(言うまでも無く、ダヴー少尉がいる近くの側の河岸のことである。)までは、1000メートル近く離れており、ダヴー少尉自身も、現状では、腕の良い狙撃手が行う狙撃も無効だし、エブロ河渡河を試みるスペイン共和派軍の部隊への機関銃の乱射等も、弾の無駄遣いだと思わざるを得なかった。


 ダヴー少尉が対戦車用の塹壕陣地に籠って耐えている間も、スペイン共和派とスペイン国民派の戦いは、随時、起こっていた。

 スペイン国民派は、航空優勢を生かし、できる限りの空襲を加えることで、スペイン共和派の攻勢を、早期の内に阻止しようと試みていた。

 それに対し、スペイン共和派は、できる限りの偽装を施した対空砲陣地からの射撃により、スペイン国民派の空襲の効果を阻害すると共に、能う限りの砲撃をスペイン国民派の部隊に浴びせることで、エブロ河渡河作戦を順調に行おうと試みていた。


 そうこうしている内に、エブロ河の何か所かでは、スペイン共和派の架橋作業が成功して、スペイン共和派の戦車が、エブロ河渡河を試みるようになっていた。

 そして、実際に、スペイン共和派による何十両もの戦車を先頭に立ててのエブロ河渡河作戦が実施され、それに成功しつつあった。


 だが、「白い国際旅団」の面々のほとんどは、動揺していなかった。

 これが、最高司令官の土方伯爵の思惑通りの展開である、と教えられていたからである。


 実際問題として、士気、練度共に低下しているスペイン共和派の部隊は、戦車を先頭に立ててのエブロ河渡河は実行するものの、散発的な空襲等を受けることから、歩兵部隊は中々エブロ河渡河を行おうとせず、いつの間にか、戦車部隊の大半はエブロ河渡河を完了しているものの、歩兵部隊の多くがエブロ河渡河を行う手前で止まっている状態になっていた。


「さすがは、土方伯爵。敵すら、自分の思い通りに動かせてしまっている」

 小さな声だったが、風に乗って、ピエール・ドゼー大尉の半ば独り言が、じっと塹壕陣地に籠っているダヴー少尉の耳にも届いた。

「そろそろ、例の作戦を発動しても良い頃合いの筈だ」


 そのドゼー大尉の言葉が聞こえた後、ダヴー少尉の耳に、エブロ河の水音が、徐々に高まっているのが分かった。

 そして、実際にエブロ河の水位が、徐々に上がり出した。


「始まったな。これで、エブロ河渡河を完了している部隊と、未だ渡河していない部隊との連携は執りづらくなる筈だ」

 ダヴー少尉は呟いた。

 実際、自分の視界内のスペイン共和派の諸部隊が動揺しきっているのが、自分の目に見える。


「2000年以上前からの古典作戦に引っかかる等、軍人としては恥ずべき話になるな」

 自分の目の前の戦車部隊に立ち向かう恐怖心を紛らわすため、汚い言葉を言って、ダヴー少尉は、自分と部下を鼓舞した。

 部下は自分の言葉を聞いて落ち着いたようだ。

「敵の前進を迎え撃て」

 ダヴー少尉は獅子吼した。

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