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書き続ける理由

 若い奴らの手によって徹底的にタコ殴りにされたおれの心は、ミンチを通り越してスムージー状になっていた。なんなんだよ、あいつらは。おれをサンドバッグ代わりにするのが目的だったのかよ。どこからやってきた死刑執行人なんだよ。


 数歩行くたびに「あぁぁぁぁあ」と絶叫しそうになるのをなんとか堪え、アパートに着いたのが夜七時過ぎのこと。バイトなんかよりも千倍疲れた。もうだめだ。飯を食う気力すらない。そもそも、家の冷蔵庫の中に食えるものが冷凍ご飯とインスタント味噌汁くらいしかない。


 靴下とジーンズだけなんとか脱ぎ捨て、布団に飛び込み顔面を枕に預ける。「死ね死ね死ね」と誰に言うでもなく繰り返し、絶えず舌打ちを続けていると、ふと我に返り猛烈に虚しくなった。


 なんでおれは創作なんて続けてるんだ。そんなことわかりきっている。世間におれという存在を認めさせるためだ。おれという才能があることを知らしめるためだ。おれがこの世界に生きた証を残すためだ。筆一本でカネを生み出せるようになるためだ。「先生」と呼ばれてチヤホヤされたいからだ。


 地位と、名誉と、ついでにカネ。それ以外にあるか。


 ……でも、はじめのうちはこんなんじゃなかった。創りたいものを創って、自分が満足できればそれでよかった。小さな公募でたまたま奨励賞なんぞを取ってから人生が狂った。あのせいでおれの自尊心は風船みたいに膨れ上がった。アレさえなけりゃ、おれは普通の人生を普通に送っていたはずだ。今ごろかわいい嫁とふたりの子どもに囲まれて、常に笑って過ごしていたはずだ。創作活動なんぞつまらん趣味程度で終わってたはずだ。


 つんと、鼻の奥が痛くなってきた。大学時代に戻りたい。創りたいものを創りたい。書きたいものを書きたい。評価なんぞ、人の目なんぞ気にしないで好き放題にやりたい。


 好き放題、好き放題、好きなものを好きに……なんだっけか、おれの好きなものって。


 試しに、脱ぎ捨てたジーンズから扇子フォンとやらを取り出して、「おれの好きなもの」と呟きながら放り投げてみた。床に落ちた扇子は直立不動で天を指す。なんだよ、おれに死ねってか。


 扇子フォンがピコンピコンと音を立てながら光り出したのはその時のことだ。「なんだよクソ」とぼやきつつ扇子を開いてみれば、『天狗になってなにが悪い』という文字が消えていて、代わりに鈴木の顔が映し出されている。


「どもでーす、新山田さん。見えてますー?」


 さすが天狗、文明の利器をとことん馬鹿にしてやがる。「聞こえてる。なんの用だ」と問えば、鈴木は「なんの用だじゃないですよ。制作会議延長戦ですよ」と答えた。


 そういえば、夜もまた会議をやるだとか、そんなことを言っていた気がする。半分気絶していたので、あまりハッキリとは覚えていないが。


 あんな醜態を晒した後で、いまさらコイツらとなにを話せっていうんだ。おれは「今から用がある」と言ったが、鈴木はこれを「うそつけ」と一蹴した。


「まあ。わたしたちみたいな若い子と話が合わないのはわかりますけどね。でも、やって貰わないと困りますよ。そういう約束じゃないですか」

「……そりゃそうだけどな。でも、今さらどんな顔してあいつらと話せばいいんだよ」

「そんな難しいこと考えなくてもいいですよ。みんなだって、別にもう気にしてないでしょうし」

「とはいえだな……」

「まったく。それならどうです、軽くお酒でも呑んでみたら。お手元の扇子フォンを閉じて傾ければストロングゼロが出るようになってます」

「なんだその機能。そもそも、未成年がそんなの持ってていいのか」

「大丈夫ですよ。新山田さんの扇子フォンは特別仕様です。未成年であるわたしたちの扇子フォンからはなにも出ません」


 馬鹿にしやがってと思いつつも、念のために扇子をマグカップに傾けてみれば、たしかに液体が出てきた。呑んでみれば本当に酒だ、ストロングゼロのグレープ味だ。脳細胞が破壊される味がする。


 酒を呑むと気が大きくなる、というか脳みそのタガが外れてなにも気にならなくなる。身体中から恥だとか外聞だとかが急速に消え去るのを感じたおれは、酒をちびちび舐めながら、扇子の向こうにいる鈴木にぽつぽつ話しかけた。


「……鈴木。なんでお前は映画なんて撮ろうと思ったんだ」

「なんでって、創作に『やりたいから』以上の理由があります?」


 目が潰れるくらいに眩しい答えが返ってきやがった。一気に酔いが醒めて血の気がすぅと引いていく。


「勘弁してくれ」と思わず呟けば、鈴木はなんだか恥ずかしそうに「えへへ」と笑った。


「なーんて、ちょっとカッコいいこと言ってみました。わたしにもわたしなりの理由があるんですよ」

「なんだよ。その理由って」

「ヒミツです。とるに足らないものですから」


 おれの追求の手から逃れるよう、鈴木はさらに続ける。


「新山田さんは、どうして創作をはじめようとしたんですか?」

「……好きだったからかな、たぶん」

「ずいぶんと曖昧ですね。それに、『だった』って、今はそうじゃないんですか?」

「好きは好きだ。でも、正直に言えばいまは辛いの方がデカい。やってもやっても、なにが正解だかわからん。傑作だと思ったものが箸にも棒にも引っかからなくて、なにがダメだったのか考えて、考えて、考えて……その結果創った作品がまたダメで……」

「迷っちゃったカンジですね」

「迷ったどころの騒ぎじゃない。なんの装備もないのに宇宙に放り出された気分だよ。どこまで行っても真っ暗闇だ」


 なんだか泣きたくなってきた。なんだ、おれは。どうして辛いことなんて続けてるんだ。今まで気づいてなかったけどMなのか?


 自分の性癖を確かめようと、とりあえず空いたマグカップでがんがん額を殴っていると、扇子の向こうの鈴木が「新山田さん」と呼びかけてきた。


「自分を叩くのは一旦やめて、さっさと脚本書いてくれません?」

「……いまの話の流れで、どうしてそうなんだよ」


「どこまで行っても真っ暗闇でも、結局のところは進むしかないからですよ。進むことでしか、光を見つけられないからですよ。足を止めたところで何にもならないからですよ。書いてください、新山田さん。少なくともわたしは、あなたの作品大好きですよ。だからわざわざ天狗的神通力をフル活用して、あなたを探し出したんですから」


 おれの作品を好きなんて言ってくれる奴が、パソコン画面の向こうじゃなくて本当に存在する。たったそれだけのことなのに、なんだかマジで泣きそうだ。腹の奥から熱くなってきて、「ウォォ」と獣的叫びが溢れそうになる。


 いまのおれはたぶん最強だ。虎にだってなるぞ。山月記みたいになるのはゴメンだが。


 扇子フォンがピコンピコンと音を立てたのはその時のことだ。途端に扇子の扇面に映画部の面々の顔がテレビ電話のように映っていく。


「ありゃ〜、もうはじめちゃってたの?」と鞍馬。これに松丸が「せっかちですね」と呆れたように続き、飯綱が「お二人でどんなお話をしてたんですか?」と問うてくる。厳島は黙ったままだ。

「ごめんごめん。でも、とくになにも大事な話はしてないから大丈夫。てことで、制作会議第二ラウンドと――」


「待て」


 鈴木の言葉を遮ったおれは、連中の注目を集めるべく、ひと息溜めてから言い放った。


「船頭多くして船沈むって言葉を知らんのか。まずはおれが書く。それをもとにして改稿していきゃ済む話だろ」


 沈黙。舌打ちでも食らわされるのかと思い、カッコつけたこと言わなけりゃよかったなとすぐさま後悔したが、返ってきたのは存外にも「やるじゃん」、「楽しみです」、「期待してますよ」などの好感触の反応と拍手の音だった。


 ようやく高校生どもに年上としての威厳ってヤツを見せつけることが出来た。ストロングゼロに感謝だ。

「まあ期待して待ってろ」と調子に乗った大口を叩いてみれば、なんだか大変心地よい。ストロングゼロがいい塩梅に全身に巡ってきたらしい。


 天狗気分で鼻を伸ばしていると、本家本元の天狗・鈴木がにこやかに話しかけてきた。


「それでは、新山田さん。プロットと設定だけで構わないので、明日の午後三時半までにお願いしますね。二十分から二十五分の短編を想定して、名前アリの主要登場人物は基本男女ひとりずつ。あ、テーマはお任せしますけど、季節感があった方がいいかなーって感じです」

「……待て。明日まで?」

「はい。明日まで。言ったじゃないですか、文化祭で上映するための映画だって。文化祭は十一月三日開催なんですよ。もうほとんど時間が無いんです」


 鈴木は涼しげな天狗的笑みを崩さないままさらりと言ってのけた。


「頼みますよ、新山田さん。あなたならきっとできるはずですから」





 ふざけやがって。なにが「あなたならできるはず」だ。何様だよ、あの大名天狗。プロットと設定が一番時間かかるんだよボケ。産みの苦しみって言葉を知らんのか。明日までって、もう二十四時間も無いじゃねえか。馬鹿野郎。天狗だったらタイムマシンでもタンマウォッチでも持ってこいや。


 などと喚き散らしたかったが、カッコつけたことを言った手前そんなこと出来るはずもなく、おれは「任せとけや」と震えた声で言うしかなかった。


 さて「任せとけや」などと大見得切ってしまった以上、何もやらないわけにはいかない。クソの役にも立たない制作会議とやらを早めに切り上げ、とりあえずシャワー浴びてから、おれの唯一の武器であるノートとペンを手に取った。


 三十分未満で終わる短編。設定を広げすぎたところで回収しきれない恐れもある。無駄に話は広げられない。心の機微を描き切ることに終始すれば画が地味になる。映画でいえば、〝ソウ〟シリーズのようにワンシチュエーションのホラーにするか、もしくは〝パターソン〟のように平凡な日常を描いていくような起伏の無い話にするか……。


 ええい、無駄なことを考えるなよ、おれ。たかが高校生の文化祭で上映する映画の脚本だぞ。気負い過ぎず、肩の力抜いて、自然体で書き進めりゃいいだろ。


 青春だ。とにかく、高校生の奴らには青春っぽい成分を摂取させておけば満足するんだ。泣いて叫ばせとけばそれっぽくなるんだ。


 チョチョイのチョイでさっさと書いてやるよ。

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