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生涯一度のどんでん返し

 ここはゲームの世界じゃないから、メニューを開いて自分のステータスを確認するなんて芸当はできない。それでもたとえば普通の勉強ならば、点数という形で自分の能力が正当に数値化されているからまだいい。しかし創作の世界だとそうはいかないから厄介だ。


 ネットの海に自分の作品を放流し、他者からの意見を求めるという手もあるが、そこで数値化されるのはあくまで〝人気〟。絶対評価としての〝実力〟を確かめることはできない。


 自分はいまどの位置にいるのか? あとどれだけ歩けば目標に到達できるのか? そもそもおれはこのまま努力を続けることで目標に到達できるのか? 伸ばすべき能力を間違っていないか? それらを確かめる術はどこにもない。だから辛い。だから厳しい。


 でも、たぶん、だからこそ楽しいんだと思う。なにもわからない宇宙みたいな真っ暗闇を手探りで進み、極めてまれに飛んでくる他者からの評価で自分が進む道筋が正しいのか否か確認し、少しずつ、少しずつ、目標に向かって軌道修正していく。正しいかどうかもわからないまま。


 だから楽しい。だからやめられない。


 たまに「死ね」と呪詛を吐きたくなることがあるのは否定しないけど。





 おれのスマホに三池から連絡があったのは、《ゆうゆう国際ファンタスティック映画祭》開催の一週間前、十二月十八日の午前十一時のことだ。「おっす」と軽く挨拶した三池は、眠そうにあくびをしながら続けた。


「忙しいから手短に言うぜ。お前たち、神海高校映画部の作品が《ゆうゆう国際ファンタスティック映画祭》の優秀作品にノミネートされた。つまり、映画祭でお前たちの作品が上映されて、最優秀作品賞を受賞する可能性があるってことだ。当日を楽しみにしてな」


 この知らせを聞いた時は悪い冗談や夢かと思ったが、その日のうちに映画祭の招待状が家に届いて、これが現実であると実感した。


 その日から浮き足立った毎日が続き、あっという間に一週間。


《ゆうゆう国際ファンタスティック映画祭》当日の午後一時半。開催会場となる映画館、『NEWMAXシネマ池袋』の前までやってきたおれは、眼前にそびえ立つベージュのビルをじっと見上げた。


 この場所に入るのは九年前のあの日以来になる。以前となんら変わっていないその建物の佇まいに、言い知れぬ威圧感と熱量を感じる。爪痕がつくくらい強く握った手のひらには、じっとりと汗が染み出してきた。まさか、この場所に帰ってくるとはな。二度と来ないもんだとばかり思ってた。


「新山田さん、なにを感慨にふけってらっしゃるのですか?」


 前を行く映画部の集団の中から楽しげに声をかけてきたのは飯綱だ。「そんなロマンチストじゃねえよ」と返したおれは、奴らの後を追って因縁の場所に足を踏み入れた。


 映画館にはおれたちのような招待客の他、一般客も大勢詰めかけており、人も熱気も満員御礼状態だ。おかげで真冬だというのに、上着を着ていると汗ばむほど熱い。その一方でどこか肌がヒリつくほどの寒さを背中に感じるのは、この場に集まった創作者どもが放つ独特の殺気のせいだろう。「一番すごいのはおれだぜ」といった自信がその場に渦巻いている。背後を見せたその瞬間に一刀のもと斬り伏せられそうで、おれは壁に背を預けつつ人混みの中を進んだ。


 おれたち招待客は一般客とは別の劇場へと通される。そこで優秀作品にノミネートされた計七作品を、現地並びに関東四館の映画館で行われているライブビューイングに参加している観客たちと同時に視聴。すべての作品の上映が終わった後、十五分の休憩を挟んで各賞の授賞作品発表と受賞式が同時に行われるスケジュールである。


 二時から始まった映画祭も六作品の上映が終わり、現在時刻は五時五十分。残る上映作品は『雨の日には中指を立てろ』のみ。上映開始まであと五分。喉が詰まりそうになるくらいの緊張感により貧乏揺すりが止まらないおれとは裏腹に、劇場後方右寄りの席に並んで座る神海高校映画部の面々はわりとリラックスした様子である。


「いよいよだね〜。うわ〜、緊張してきたかも」と全然緊張していない顔で言ったのが鞍馬。これに飯綱が「こうなれば、私達にできることはなにもありません。どんと構えましょう」と答え、ポップコーンをかじる。「そうそう。今さらジタバタしたってどうしようもないんだし」とコーラを飲みつつ続いたのが厳島。そんな三人を横目に、松丸はおれに「映画館はドリンク飲み放題を三百円にすれば持ち込みを防げるのに、なぜそうしないんですかね」と映画館の営業改革を訴えている。


 そういえば、先ほどから鈴木が会話に加わってこない。ふと見れば、隣の席に座っていたはずなのにどこにもいない。


「おい。鈴木のやつはどうしたんだ」

「ありゃ? さっきまで座ってましたよね。誰か知らない?」


 鞍馬の問いかけにみんなそろって首を横に振る。一番大事なときなのに主役がいないのでは締まらない。「探してくる」と残して席を立ったおれは劇場の外へ出た。


 鈴木は劇場を出てすぐのベンチにひとり座り、ペットボトルの烏龍茶を飲んでいた。天井に向けた呆けた顔はどこか遠くを見つめている。その表情は、見知らぬ土地でひとり取り残されてしまった迷子のような途方に暮れていた。


「なにやってんだ。そろそろ始まるぞ」


 おれの呼びかけを受けてもなお、鈴木の視線は天井に向いたままだ。


「すごいですよね、ここにいる人たち。みんな、かっこいい映画作って。キラキラ光ってて」

「そりゃ、おれたちだってそうだろ。ビビることはねえよ」

「新山田さん。わたし、ここにいていいんですかね。ここにいる権利があるんですかね」

「当たり前だろ。急になに言ってんだ」


 わずかに微笑んだ鈴木は、ベンチから腰を上げながらウーロン茶のペットボトルをこちらへ投げ渡した。


「席に戻ります。映画、見なきゃいけませんから」


 なんだよ、「見なきゃいけない」って。




 ――里中考は雨が嫌いだ。傘を開くと、大切な幼馴染が死んだ二年前の雨の日を思い出すから。

『雨の日には中指を立てろ』は、晴れていた空に雨雲が広がりゆく映像を背景に、主人公・里中考のモノローグが入るという構成ではじまる――はずだった。しかし、急遽書き足した脚本の影響で映像は差し替え。代わりに使われたのが、本来クライマックスで使われるはずだった台風の中で撮影されたあのシーンを短く編集し、音声を雨音のみに変えたものだ。


 その後は考とヒロイン・キリの出会いからふたりの交流と、『高校生らしい』と切り捨てられて仕方ないありきたりなプロットが次々と展開される。


 問題はその後のクライマックス。映画冒頭でも使った台風の中で交わされる考とキリの最後の会話。

文化祭で流したいわゆる『手抜き版』では、考とキリの他愛のない会話が流れるだけでこのシーンは終わる。しかし、いま上映されているバージョンは一味違う。


 雨の中で口論をする考とキリ、互いにヒートアップしていくふたり、ついには弾みでキリのことを突き飛ばしてしまう考、急な坂を転がっていくキリの身体――。今まで見せていたものとは打って変わってセンシティブな映像が、ふたりの会話の合間にサブリミナル的に差し込まれる。


 そうだ。おれは〝大切な幼なじみを殺したのは主人公自身〟という設定を加えて、青春映画という前提を根幹からぶち壊してやった。


 主要スタッフとキャストが高校生という覆しようのない事実、それに加えて「高校生が撮影した高校生のための映画なんだろう」という観客の持つ先入観。なにより、『たかが高校生』と舐め腐り、「こんなもんだろう」と当時のおれが手を抜いて書いた青春っぽさだけを詰め込んだ脚本。それらすべてを利用して仕掛けた、一生のうち二度と使えない『どんでん返し』。


 ……映画は、晴れていた空に雨雲が広がりゆく光景と、傘を開く考の微笑みを映しながら終わる。主人公のいかにもさわやかそうな笑顔が観客にどんな印象を与えているのか、想像するのはそう難しくない。


 スタッフロールが流れ始める。観客の中からひとつ、またひとつと拍手が生まれ、ついには劇場の天井を突き破るくらい大きなものになった。中には「ブラボー!」なんて気取ったことを言うやつまで出てきやがる。空気が振動し、薄皮が剥がれそうだ。松丸がおれの肩を揺すりながら何も言わずに何度もうなずいた。


 ああ、なんだか恥ずかしいな。


 でもまあ、悪くないよな、こういうのも。


 この反応を受けて我らが〝監督様〟がどんな顔をしているのか拝んでみようと横に視線を向けてみたが、上映開始時にはいたはずの鈴木が消えている。


 なんだか妙な胸騒ぎを覚えたおれは、未だ拍手が続く劇場を急ぎ後にした。

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