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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第四章 大いなる悲惨~失われたトキメキを求めて
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4章 その14

「お兄ちゃんとわたしが一緒に腕によりを掛けて作った料理です。お口に合えばいいんですが」


 妃織がにっこり笑顔で食卓に料理を並べる。

 料理はほとんどというか、全て妃織が作ったのだが。


「ありがとっ、なおちゃんと妃織ちゃん。この霜降りの松阪牛ローストビーフなんか垂涎すいぜんものねっ」

「ごめんなさい貴和先輩。それはオーストラリア産の牛肉です」

「この小さな伊勢エビのむき身の料理も盛りつけが綺麗ね」

「茶和先輩すいません。それはシャコです……」


 貧乏でごめん。


「スーパーで材料費税込み二千三百六十五円のささやかなお持てなしで申し訳ありませんが、どうぞ召し上がってください」

 そこまでさらけ出さなくてもいいと思うんだが、妃織。

 ともあれ、みんなお行儀良く手を合わせささやかな宴が始まる。


「なおちゃん美味しいわっ! このパテ、なおちゃんが作ったの?」

「それは妃織が……」

「このシャコも凄く美味しい。なっくんの愛情を感じるわ」

「それも妃織が……」

「……なっくんはどれを作ってくれたの?」

「……そのサバ缶」


 金髪銀髪コンビの箸が同時にサバ缶に伸びる。

 それを見た妃織が拳を握りしめて震える。

「わたしの心を込めた料理も精一杯の心配りも、サバ缶に負けるんですね……」


 サバ缶に同時に伸びたふたりの箸がぶつかる。しかしふたりは顔を見合わせどちらからともなく笑い始めた。

「ふふっ、茶和ったら、そんなに慌てて箸を伸ばさなくっても」

「ふっ、貴和も脊髄反射で箸を伸ばしたわよね」

 そしてふたりの声が重なる。


「考えていることが同じねっ」

「考えていることが同じね」

 それを聞いて妃織も僕も、みんなが笑顔になった。


「ねえ、なっくん、お願いがあるんだけど」

「お願い?」

「そう、お願い。今度貴和と三人で遊びに行かない?」

「あっ、それいいわっ! なおちゃん、貴和からもお願いするわっ!」

「どうしたんだよ急に仲良くなって。まるで昔のふたりを思い出すよ」

 息までぴったりだ。

 妃織もそんなふたりを見てとても嬉しそうにしている。


「そうねっ。でも仲が良くなったんじゃなくって、お互い考えていることが一緒だからじゃないかなっ」

 にっこり笑顔で金条寺さんがそう言うと、白銀さんも続く。

「わたくしも同意見だわ。ふたりとも『なっくん第一主義者』だから」

 そしてまたふたりの声がシンクロする。


「だから、なおちゃんは譲れないわっ!」

「だから、なっくんは譲れないわ!」

 その瞬間、妃織の笑顔が引きつった。


 僕たちは早速明日の日曜日に遊びに行くことにした。

 行き先は隣町にあるプラネタリウム。そのあとカラオケにも行く予定だ。


「あの~、日曜日は、わたしも一緒に行っちゃだめでしょうか?」

 妃織が遠慮がちに申し出る。

「妃織さん、これは遊びに行くという名の『最終決戦デート』なのよ。でも心配はいらないわ。もう貴和と口喧嘩はしないから」


「でも妃織がいると荷物持ちに便利ですし、電車の四人掛け座席に座ったとき空いた席にへんなおじさんが来ることもないですし、カラオケでタンバリンを叩かせたら天下一品なんですよ」

「妃織ちゃん、大丈夫だからっ。これは女同士の決戦だからあなたのお兄ちゃんが撃たれて死ぬことはないわっ」

 銃撃戦ですか!


 納得しない妃織が食い下がる。

「でも……」

「妃織さん、最終決戦デートに身内が邪魔しに来たら、『秘密結社正しい合コン指導隊』に見つかって問答無用で切り捨てられるわよ。だから、ね。理解して、お願い」

「でも……」

「ところで妃織ちゃん、もし彼がいなくてお暇なんだったらっ、妃織ちゃんを私の兄に紹介したいんだけどっ! 妃織ちゃんなら自信を持って紹介できるわっ! 一応兄は東西鉄道グループの御曹司なのっ!」

 凄い玉の輿提案をうけていた。


「それは困ります……」

「そうよねっ。急よね。でも、あとで写メ送信しておくから考えておいてねっ!」

 結局妃織は『最終決戦デート』への同行を断念した。

 不服がいっぱいで残念そうだったがこれは仕方がないだろうな。


「せっかくだから……」

 明日の話もまとまったところで僕は立ち上がると、ジンジャーエールが入ったグラスを掲げた。

「僕たちの再会と、ふたりの仲直りを祝って乾杯しよう!」

「そうねっ」

「ええ」

「はい」

「かんぱ~い!」


          ***


「お疲れさまでした、お兄ちゃん」

 金条寺さんと白銀さんが帰って、僕らは宴の片付けをしていた。


「妃織こそお疲れさま。本当にありがとう」

 僕は妃織に頭を下げた。


「何ですか急にあらたまって」

「貴和さんと茶和さんがああやって仲直りできたのも妃織のお陰だよ」

「いいえ、あれはお兄ちゃんがクローバーを絵本に挟んでいたから」

「違う。妃織がリコちゃんと友達じゃなかったら、うまくは行かなかった」

「そう思ってくださるんでしたら、日曜はわたしも連れて行ってください」

 ねたように僕を睨む妃織。


「日曜は僕と貴和さん、茶和さんの再スタートだから勘弁してくれよ」

「そう、ですよね。じゃあ妃織が台所でお百度を参りながらお兄ちゃんの安全なご帰還を待っていることを、時々思い出してくださいね」

「大げさなヤツだな。妃織も遊んでいていいんだぞ。その気になったら東西鉄道社長夫人だって夢じゃないんだし」

 妃織は洗い物をしていた手を急に止めて、俯いた。


「そんなの、お兄ちゃんと妃織の物語はどうなるんですか…… このまま、終わってしまうんですか……」

「何を言っているんだい妃織、物語って。僕たちは兄妹じゃないか。いつまでも兄妹なのに何が終わるんだい?」

「……そう、ですよね。ごめんなさい」


 妃織はぎこちない笑顔を浮かべると洗い物を再開した。

 しかしその顔は心なしか、青ざめて見えた。


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