4章 その13
土曜日。
今日は金条寺さん、白銀さんと公園で待ち合わせをしている日だ。
そう、昔の想い出を品を発掘するために。
僕は約束の時間よりかなり早く公園に来ていた。
リコちゃんのため事前に捜し物をしたかったからだ。
公園でそれを探していると金条寺さんと白銀さんが立て続けに現れた。
「まだ約束の時間より一時間は早いよ」
「待ち遠しいかったのよっ、なおちゃん!」
「そうね。童心に返ったみたい。ところでなっくんは何をしているの?」
僕はふたりにリコちゃんが告げた『双子の女の子の幸せ』伝説の話をした。
「だから、ね。リコちゃんのために」
「わかったわっ。なおちゃんって優しいのねっ」
「そうね、一緒に探しましょう」
暫くすると、きらきらモードの妃織がスコップを手に、赤いスカートを穿いた女の子と一緒にやってきた。
「お待たせしました。リコちゃんも一緒です」
「リコも一緒に手伝います…… あっ、お姉ちゃん!」
リコちゃんは金条寺さんと白銀さんを見て嬉しそうに駆けてくる。
しかし、金条寺さんと白銀さんはリコちゃんに微笑みながらも怪訝な顔で妃織を見ている。
「あなた、誰?」
そうか、ふたりは黒縁眼鏡を外した妃織を見るのは初めてなんだ。
「えっ…… あっ、妃織です、日丘妃織です」
「ええ~っ! 眼鏡はどうしたのっ……」
「あっ、眼鏡は…… 今日は全国統一のノー眼鏡デーなので……」
そんな日があったら、かなりの確率で車が暴走してくるぞ、妃織。
「貴女、今までわたくしを騙していたのね。あの眼鏡を使って」
「そんな、騙していたなんて……」
「いいえ、騙していたわ。半分本気って話は今すぐ撤回よ! 今からわたくしは貴女のお姉様よ。ええ、全部本気よ。こんな可愛い子猫ちゃんは見たことがないわ」
「ちょっと白銀さん、変な方向に話を持って行かないでよ!」
「あっ、今の、なっくんには秘密よ、うふふ、いいわね、ひおりん」
何か、妃織の呼び方まで変わってるぞ、白銀さん。
「誰がひおりんですか! ともかくリコちゃんの前でそう言う話はやめましょう!」
「あ、ごめんなさい、ひおりん。わたくしとしたことが……」
僕はみんなを見回して声をかける。
「じゃあ、そろそろ発掘を始めようか」
「そうね」
「うん、始めましょうっ」
十年前、『双子の姉妹』が引っ越してどこかへ行ってしまう事を知った僕はこの公園で四つ葉のクローバーをふたつ見つけて押し花にした。
お別れの日、僕はそれをひとつずつプレゼントとして渡したのだが、彼女たちは口を揃えてこんなことを言い出したのだ。
「プレゼントを貰ってお別れって、何だか、もうなっくんと会えなくなるみたい」
そこで、ふたつの四つ葉のクローバーの内のひとつを、この公園に埋めることにした。いつかここで三人で再会するために。
僕は家から、お菓子の缶を持ってきて、クローバーの押し花を本に挟んで入れた。そして三人でこの公園の、そう、道路側の角に埋めたんだ。
もうひとつのクローバーはふたりが、あの頃僕が信じていた『仲良しの双子』が持って帰った。以前金条寺さんと白銀さんは、双子でないことが判ったとき、あるものを争って大喧嘩をしたと言っていたが、多分それはクローバーの押し花のことだ。そうであればそちらはもう、粉砕しているはずだ。
僕たちは公園の道路側の角を掘り始めた。
「お宝だよ、きっと凄いよ、ねえ、ひおりお姉ちゃん、きわお姉ちゃん、さわお姉ちゃん、山分けだよ!」
リコちゃんが嬉しそうに三人のお姉ちゃんに懐いている。いつの間に自分の名前を吹き込んでいたのだろう。僕はまだなのに……
『お宝』を入れた缶は、ほんの五分もしないうちに見つかった。昔の記憶では結構深く穴を掘ったつもりだったが、高校生の今、五十センチちょっとの穴を掘る事は簡単だった。いや、掘るのが得意、ってわけじゃないですからね、念のため。
「あった!」
「ほんとっ! クッキーの缶に入れてたのねっ」
「中は大丈夫かしら」
「うわあっ、お宝が出てきたよ! お姉ちゃんたち凄い!」
僕、金条寺さん、白銀さん、リコちゃんが歓声を上げる。
妃織だけはただ微笑んで喜ぶリコちゃんを見ていた。
「ねえ、開けてみて、お姉ちゃん、開けようよ」
リコちゃんに急かされて僕たちはその缶を開ける。
中から出てきたのは一冊の子供向けの絵本だった。
幸福の王子。
思いの外、本は綺麗だった。
と言うか全く痛んでいなかった。
こんなに綺麗に残せるんだったら、今晩お気に入りの大人の絵本を埋めておこうか。
と思ったら、妃織に睨まれた。どうしてバレるの?
ともかく、その絵本を取り出すとページをめくる。
本の中ほど、ツバメが宝石を運んでいる絵が描かれたページに茶色くなった四つ葉のクローバーが挟んであった。下手に触るとバラバラになりそうだが原形はきっちり残している。
「こうして三人で、いいえ、みんなで集まれたのも、なおちゃんの四つ葉のクローバーのお陰ねっ」
「そうね。あの時の約束覚えている? 『ここで再会したときにはみんな幸せでいようね』と言う約束」
白銀さんの記憶力は凄い。僕は何か約束があった気はしていたけれど内容は全く覚えていなかった。
「そうね、私も覚えていたわっ。そしてその約束も果たせてるかなって思うのっ。だって、なおちゃんやたくさんのお友達と一緒だからねっ」
「僕は、忘れていたよ」
苦笑しながら僕。
「もう、なおちゃんったら正直なんだからっ。覚えてたって嘘ついてもバレないのに」
いや、白銀さんと妃織にはバレそうな気がしたんだけどね。
取りあえず愛想笑いを浮かべる。
「ところで、この絵本、せっかくだからリコちゃんに読んであげない?」
「えっ?」
驚いた表情でみんなが発言元の白銀さんを見る。
「……それって素敵な提案ですね。わたしが読んでもいいですか」
「ええ、妃織さんが適任だと思うわ。お願いしていいかしら」
妃織は絵本を手に取りリコちゃんの前に開いて見せた。
リコちゃんはとても嬉しそうに期待に満ちた目で絵本を見ている。
有名な話だけど、幸福の王子のあらすじはこうだ。
宝石や金箔でできた王子像が、越冬のためエジプトに行く予定のツバメに頼んで街中の悲しく不幸な人たちに自分の体、即ち宝石や金を届け続ける。それが王子とツバメの心を温かくしたから。やがて王子像はみすぼらしい姿になり、最後に残った彼の鉛の心臓は越冬を逃して死んでしまったツバメと一緒に捨てられる。と言うお話だ。
妃織が読み終わると金条寺さんは少し目を潤ませて呟いた。
「さっきの私の発言は取り消すわ。私もあの時の約束を忘れていたのね」
白銀さんは淡々と。
「わたくしも同じね。何かを忘れていると思っていたのだけれど。あの時なっくんが言ったのは『この幸福の王子のように幸せになっていようね』だったのよね」
ごめん。そんなこと言ったっけ。全然思い出せない僕。
「わたくしも失格ね。妃織さん、王子と同じようにマッチ売りの少女を救ったのは貴女だけだったわね」
「……」
話の中で幸福の王子は自分の最後の目である宝石でマッチ売りの少女を救うのだ。この辺りから本を読む妃織の声が少し変わっていたけれど。
「リコちゃん」
僕は、みんなの顔を不思議そうに見ているリコちゃんにさっき公園で摘み取った四つ葉のクローバーを差し出した。
「はい、これが『双子の女の子の幸せ』の正体だよ。そしてこの本も」
「えっ、いいのおにいちゃん?」
「貴和さん、茶和さん、この本はリコちゃんにプレゼントしよう」
「そうねっ、それがいいわっ! どうぞリコちゃん」
「大事にしてね、リコちゃん」
「わあい、ありがとう、お姉ちゃん、おにいちゃん。その缶も貰っていい?」
「いいよ、でもどうするの?」
「友達とまた埋めるの! 新しい伝説の始まりよ!」
僕たちはリコちゃんに押し花の作り方を教えると公園を後にした。




