4章 その12
その日の学校帰り、僕は妃織と駅前の洋食屋に向かった。
僕が妃織を外食に誘ったのだ。
「やっぱりお兄ちゃんは優しいです」
黒縁眼鏡の奥で妃織の瞳が可愛く微笑む。
放課後、妃織は大変だったようだ。
妃織と言う味方を得た吉良会長は劇的に元気になり、明るい未来を開くために学校の様子を見て回りたいと言い出したそうだ。
それを聞いた妃織は吉良会長のために急遽『校内部活動偵察ツアー』を断行した。
勿論、考古学部にもやってきた。
「男は…… ふたりね」
考古学部に来た吉良会長はそう言い放つと、いつものように僕の両横で肩を寄せてべたべたしている金条寺さんと白銀さんを睨みつけたが、今日は何も言わずに去っていった。
妃織はその横でただ苦笑していた。
「なあ妃織、今日の『校内部活動偵察ツアー』の成果はあったのか?」
「そんなにすぐに成果を求めてはいけません。今日は畑を耕しただけです。次に種をまきます。収穫は秋です」
「回りくどいな。男漁りなら地引き網で一気にやったら?」
「……お兄ちゃんは乙女心を勉強するために乙女ゲーに手を出すべきです」
そんなのいつやってるんだ、妃織?
「でも、今日の様子をみていると吉良会長、あまり反省の色が見えなかったような」
話題を変える僕。
そんな僕を見上げて妃織が反論する。
「お兄ちゃんは吉良会長の何を見ているんですか! あまりどころか少しも反省の色なんかありませんよ!」
そうキッパリ断言するなよ、妃織。
「反省なんかしなくていいんです。きっと吉良会長はとっくの昔に反省していたのですから。ただ不器用でそれが表現できなかっただけ。だからあとはがむしゃらに手当たり次第に網に掛かる魚を一網打尽に!」
やっぱ地引き網じゃん。
「……でも、今日は吉良会長、嬉しそうにしていたんですよ」
ふふっ、と妃織が目を細める。
「よかったな。妃織が頑張った甲斐があったんだ。本当に優しいな、妃織は」
「いえ、優しいのはお兄ちゃんです。こうして晩ご飯に誘ってくださって。ほんとに今日は疲れましたから!」
妃織は花が開くように微笑みながら僕を見上げた。
「それで、ひとつお願いがあるんです」
「お願い?」
「はい。明日の夕方茶和先輩、貴和先輩と公園で待ち合わせしているんですよね」
「うん、そうだけど。僕その話、したっけ?」
「茶和先輩に聞きました!」
「ごめん。隠してたわけじゃ……」
「わかってます。それでですね、その発掘にわたしも立ち会いたいんですが……ダメ、でしょうか……」
「勿論いいよ。僕からも頼もうと思ってたんだ。リコちゃんの件もあるからね」
「……良かった」
妃織には話しにくかったので言いそびれていたけど、こっちもホッと一息だ。
「もうひとつ、お願いなんですけど」
「もうひとつ?」
「明日の晩ご飯はわたしに作らせてください」
「えっ……」
「せっかく夕方にうちの近くに集まるんですよね。わたし茶和先輩と貴和先輩を夕食にお誘いしちゃいました。いけませんでしたか?」
「それはいい考えだけど……いつからそんなに仲が良くなっているんだい?」
「えっ、結構最初から仲良しにして貰ってますよ。それに茶和先輩からは、わたくしの子猫ちゃんにならないかってお誘いうけてるんですよ」
ポッ、と頬を赤らめる妃織。
「妃織、それどういう意味かわかってるよな」
「勿論。でも半分冗談だと思いますよ」
半分は本気か、こいつら。
「さあ、お店に着きましたよ」
「今日は何を食べようかな」
重厚な木のドアを引き開けて僕たちは洋食屋に入った。
そして予想外の展開を辿った考古学部廃部騒動の終結をふたりで祝った。




