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お兄ちゃんのためなら、鬼にも小悪魔にもなってみせるわ。  作者: 日々一陽
第四章 大いなる悲惨~失われたトキメキを求めて
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4章 その8

 次の日の放課後。


 頑張って一日の授業を乗り切り、今日も楽しい部活動の時間だ。

 僕が魏志倭人伝の解説書を読んでいる両側でふたりの美少女が悪戦苦闘していた。


「ヒエログリフの発声のボカロを作っても、曲もなければ歌詞もないことに気がついたわ……と言うか私発音できないしっ……」

 僕の右横では金条寺さんが今頃になって自分がやっていたことの無意味さに気がついていた。しかし何故今頃気がつくのだろう。まるで急病の水泳部員に代わり急遽代理登録をしていざプールに飛び込んで泳ごうとした瞬間、自分はかなづちであることを思い出したようなものだ。速攻で気づけよ。


 一方、僕の左隣では日本全国の商店街福引き情報をネット検索している白銀さんの姿があった。

「ないわ。漫画やアニメでは当然のようにあるのに、実際探したら全然ないわ!」

 彼女は商店街の福引きの景品に『マチュピチュ旅行二名様ご招待』がないか調べているのだが、そんなものあるはずがない。


「ねえ、なっくんも一緒に探しましょうよ。ふたりで自然に旅行に行けるシチュエーションって福引きに当たるしかないでしょう?」

「探してもいいけど、お二人様ご招待なら金条寺さんと行ってくれよ」

「何バカなことを言っているの? わたくしのへそくりで行こうって誘っても、なっくんが首を縦に振らないから苦労してるのよ。福引きに当たったら一緒に行ってくれるのが自然な流れでしょ!」

 ネット検索しまくっている時点で全然自然な流れとは言えないと思うけど。


 そして、いつもなら変なことをしているはずのもう一人、妃織の姿は今日はない。

 今日はスーパー一割引きの日だとかで買い物をして帰ると言っていた。


「不思議ね、わたくしたちの前ではいつも背後霊のようになっくんを監視している妃織さんがいないなんて。まあ、今がチャンスだけど」

 そう言うと南米旅行のパンフレットを僕の前に差し出しながら白銀さんが肩を寄せてくる。

「茶和ったら、抜け駆けはダメよ。憲法第十五条違反よっ!」

 そう言いながら金条寺さんが反対側から肩を寄せてくる。

「貴和、意味分からないわ。何その十五条違反って?」

「なおちゃんの争奪については、なおちゃんを愛するものによる普通選挙が保証されているのよ! だから抜け駆けは禁止!」

 憲法談義はどうでもいいのだが、僕の人権はどこに行った。


「いいなあ、日丘ばっかりモテちゃって。俺もリア充してえよ。あ~あ、朝起きたらヤンキードールがリアルになって隣で寝ているとかないかなあ……」

 アニメ雑誌を読みながら大石が愚痴ぐちる。


 いつもならこんなだらけた状況にカツを入れる浅野部長も今日は生徒会に行っている。

「ねえ茶和さん、まさかとは思うけど、浅野部長を生徒会長代理にしたのって、こんな状況を作るためじゃないよね」

「なっくんひどいわ、貴方のいとしい可愛い優しい恋人を疑うなんて! 全ては世界の平和を守るため、この世の悪を打ち砕くためですのに……」

 五人で力を合わせて戦いそうなセリフだった。


「現生徒会長は三年生ですから、同じ三年生でないと色々ややこしいですしっ、生徒会の皆さんは昨年の浅野部長の勇気ある行動を知っていたから、皆さん浅野会長代理案に一も二もなく大賛成だったんですのよっ」

 右隣から金条寺さんが説明してくれる。

「なるほど、言われてみればそうだよね。当然の対応だったってことだね。ごめん、変なこと言って」

「素直に謝ってくれる優しいなっくんに茶和はトキメキがメモリアルよ!」

「貴和は、なおちゃんお気に入りのプリンセスに育ってみせるわっ!」

 無性にゲームがしたくなってきたのは何故だろう。


「あ~あ、日丘ばっかりモテて目のやりどころに困るよ。妃織ちゃんにチクッちゃおうかな~。あ、そう言えば妃織ちゃんはどうしてこないの? 今日廊下ですれ違ったんだけど、見るからに元気なかったみたいだし。風邪でも引いたとか?」

「買い物して帰るんだそうだ。風邪じゃないと思うけど」

「ふ~ん……」


 そうか、妃織はそんなに元気がないのか。

 やっぱり昨日の夜のことを引いているんだろうか。

 そう、昨日の夜のことを。


          ***


 昨日の夜。

 僕は妃織が作ってくれた夕食の肉じゃがを食べると、彼女と一緒に録画しておいたアニメを観た。そう、ご存じ『金髪ロボ・ヤンキードール』だ。


 姫ロボ2号が『よどギミーエース』でも『おいちのカータンV』でもなく、『カグヤムーン』であったことに妃織はひとしきり憤慨していた。


「どうして第一話で秀吉の正室ねねを使っておきながら、二話になるとかぐや姫にぶっ飛ぶんですか! この作者さんは姫と呼べれば何でもいいんですか!」


 お気に入りの青いカットソーを着た妃織が拳を握りしめる。

「……なんでもいいんじゃないの、笑えれば」

「百二十歩譲ってかぐや姫を使うとしても、です」

「なんだいその中途半端な譲り方は」

「当社従来比20%増で譲っているんです」

「……大幅に譲歩して、でいいんじゃない?」


「ともかく、どうしてかぐや姫なのに『月に代わっておしりペンペン』なんですか! おかしいですよね!」

 握りしめた拳を振り回す妃織。

「……セーラー服を着たヒロイン戦士に掛けてるんじゃね?」

「だって、かぐや姫はそのものズバリ『月の人』なんですよ。どうして月に代わる必要があるんですか!」

「おおお、言われてみれば」


「それに月のお迎えの前には当時日本の総軍事力を上げても全く歯が立たないどころか戦う意欲すら削がれて完膚無かんぷなきまでに敗退したんですよ! もう少しまともな技ならナオヤさんを奪い返せたのに!」

「……竹取物語のエピソードよりセーラー服の戦士の方が知名度高いからじゃない?」


「ええい、そう脈絡なく来るんだったら、次回予想は織姫おりひめです!」

「……織姫って七夕伝説だよね、それ何となく最後離ればなれになるような気が……」

「……そうですね……ダメ……ですね」


 その後妃織は紅茶をいれてくれた。


「今日はアッサムでミルクティーにしましょう」

 ティーポットでお茶の葉を蒸らしながら楽しそうな妃織。

 彼女がいれてくれる紅茶はとても美味しい。どんな高級なお店に行っても彼女の紅茶より美味しいものは味わったことがない。お湯の沸かし方から蒸らし方までこだわっているそうで、お茶の葉も買うお店が決まっているそうだ。


「わたしには、もれなく美味しい紅茶が付いてくるんですよ」

 妃織がチラリと僕を見る。

「そうだね。妃織の将来の旦那さんが羨ましいよ」

「……」

 ソファに座る僕の前に何故かむくれた表情でティーカップを置く妃織。


「ところで……」

 僕はティーカップを見つめながら口を開く。

「ところで、今日の学校帰りにリコちゃんが言っていた『双子の女の子の幸せ』の事なんだけど……」

 僕の隣に座りながら妃織が急に神妙な表情になる。

「金条寺さんと白銀さんを誘って今週末にでも発掘しようと思う」


「聞いてもいいですか、その双子の女の子の幸せって?」

「たいしたものじゃないよ。お宝でもないし、一円にもならないものだよ」

「いえ、そうじゃなくって」

「欲情も興奮もしないし!」

「……」

「甘くないし美味しくないし、お腹もふくれないよ!」

「……さては、教えてくれる気がありませんね」

 わざとらしく僕を睨む妃織。

「ごめん」

「……それって何か大事な約束とかじゃないですよね」

「大事かどうかは分からないけど、約束は、あったかも……」

「……」


 妃織は暫く下を向いていたが、やがてゆっくり顔を上げた。

「分かりました。お兄ちゃんの大切な想い出なんですよね……」

「そうだね。完全に忘れていたけどね」

 自分が入れた紅茶をゆっくりすする妃織。

「それからね……」


 僕は意を決して言の葉を紡ぐ。

「妃織には、まだ好きな人とかいないの?」

「えっ……」

 驚いた顔で妃織が僕の方をみる。


「いつものメガネは告白されるのを避けるためだったんだろう」

「はい、そうですけど……」

「さっき言った公園に埋めてある昔の想い出を掘り起こしたら、僕はあのふたりにきちんと話をしようと思っているんだ」

「それって」

「今まで金条寺さんと白銀さんには中途半端な態度を取ってきたんじゃないかと思ってる。だから、この機会に、どういう話になるかは別にしても僕の意志をハッキリ示さなきゃと思ってる」

「……」


 カタカタと音がする。妃織が持っていたティーカップをソーサーに戻そうとするが、手が震えているのか上手く戻すことが出来なようだ。

 でも、僕は彼女に掛かった『悪い魔法』を解かなくてはいけないのだ。

一時的に悲しい思いをしたとしても彼女には僕ではない人を見て貰うべきなのだ。


「だから、妃織もあのメガネは外したらどうかなって、思う」

「……」

「勿論、恋人なんかを作れって意味じゃない。出会いを広げて、もっと色んな世界を見て、もっと楽しい毎日を送るために……」

 僕の言葉を遮るように、妃織の小さな声が返る。


「メガネを掛けていても……ルックスがどうであっても、出会いはちゃんと出来ますしわたしの世界はちゃんと広がっています……」

 妃織は下を向いたまま小さく震えている。


「違いますよ……メガネは……わたしのメガネは……」

 握りしめた両手を膝の上にのせた妃織の声が次第に大きくなっていく。

「お兄ちゃんが……」

 彼女の可愛らしい黒いスカートにぽつりと光る滴が落ちる。

「……」


「お兄ちゃんが嫉妬してくれないからじゃないですか! お兄ちゃんのばか!」


 最後は叫び声になりきれない声を上げると、妃織は立ち上り自分の部屋へと駆けていった。


          ***


 昨日の夜の出来事を思い返していると、大石が僕に声を掛けた。


「どうした日丘? 何ぼんやりしてるんだ?」

「いや、ちょっと……」

「ふうん。妃織ちゃんのことが心配なのか?」

「いや別に…… ところで大石、変な話だけど、悪い魔法を解くにはどうしたらいいと思う?」

 つい変なことを口走ってしまった僕。


「何急に訳わかんないこと言ってるんだ? そんなの簡単じゃないか!」

「簡単……」

「そうだよ、簡単。王子様がキスをすればいいんだ。古今東西どんな話でも、悪い魔法は王子様の接吻せっぷんで解けるって相場が決まってるじゃないか」

「お前に聞いた僕がバカだった」

「と言うより、聞いてる内容がバカだぞ、日丘」

 そうですよ、全て僕がバカでした。


「ねえ貴和を置いてかないでよっ、なおちゃんの魏志倭人伝を一緒に読ませてっ!」

「マチュピチュでなくてもいいわ、ハワイ旅行でもいいから福引き探しましょうよ」


 そう言えば金条寺さんと白銀さんが僕に肩を寄せてきていたままだった。

「わたくしと貴和にここまで寄られても反応しないなんて、なっくん、もしかしてホモ?」

「違うよ!」

「じゃあ、もう好きな人がいるとかっ?」

「それも違うってば!」

「じゃあ、やっぱりホモねっ!」

「そうよね、怪しすぎるわよね」

 何だか急に嬉しそうに僕を苛めてくるふたり。

 でも、ホモ疑惑だけは心の底からイヤだった。


「分かったよ。じゃあ今日からホモになってやるよ。なあ大石!」

「おっ、日丘、遂に目覚めたか!」

 予想通り大石が乗ってきた。


「いいぞ日丘、今晩はお前を眠らせない!」

「僕もだよ、大石。お前の童貞を捧げて貰うよ……」

「日丘の短小も僕の力で大きくしてみせる」

「大石が包茎だって僕は構わないさ!」

 何だか罵り合いになってきている気がするが、まあいいか。

「こうなったらどっちが早いか競争しようじゃないか」

「ああ、何回だってやってやる。僕の早さを教えてあげるよ」


 チラッと金条寺さんと白銀さんを順番にみる。

 二人とも小刻みに震えているようだ。


「やめて、なおちゃん、私が悪かったわ。もう言いませんからっ、やめてっ」

「そうね、なっくん。わたくしの負けを認めるからその気持ち悪い猿芝居はやめて、お願い。この通りだわ」

 僕に疑惑を掛けた非を素直に認めるふたり。


「だってさ、大石」

「ちっ、せっかく乗ってきたところなのに残念だな」

 猿芝居がうまくいきホッと一息ついたところで僕は話題を変えてみる。


「ところで、今日は吉良会長来ないね」

「そうね、登校拒否かしら?」

「いや、学校には来てるって聞いてるわよっ」

 よかった、これで僕のホモ疑惑は綺麗に忘れ去られたはずだ。

 こうして今日の部活は僕が入部して初めて、とっても平和でとっても平凡で、そして何の事件も波乱もなくお開きとなった。


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