4章 その7
小春日和の春うりゃりゃ。
睡魔との格闘に何とか判定勝ちを収め午後の授業を乗り切り迎えた放課後タイム。
考古学部は今日から平常営業だ。
「髪の毛はミドリをもっと強くして、ツインテでお目々キラキラッと!」
さっきから金条寺さんが描いているのは世界初・ヒエログリフを歌うボーカロイドのキャラクタだそうだ。青緑色の長いツインテールが印象的な可愛い美少女をせっせと描いている。キャラクタのデザインだけで終わらないことを祈るのみだ。
「マチュピチュマチュピチュルルルルル~」
白銀さんは先ほどからクスコ~マチュピチュ間を結ぶ超豪華列車の資料を見ている。マヤ文明からインカ文明へ寝返ったようだ。
「なっくんと一緒に列車でいちゃいちゃ、ホテルはダブルでスイートよ」
行きもしないのに旅行代理店から死ぬほどパンフレットを取ってきて、行ったつもりツアー絶賛妄想中だ。夢に浸るのはいいが、部活動とは何かが違うような気がする。
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ
白地の布にミシンを掛けているのは妃織だ。
何でも卑弥呼@十八歳が着用していたメイド服を再現しているのだとか。
彼女の勘ではやがて同じものが三世紀初頭の古墳から出土するらしい。
妄想もここまで来れば立派なバカだ。
そんな平和な考古学部。
この平凡で平和な毎日がいつまでも続いて欲しい。
そう願う僕の耳に最初は小さく次第にはっきりと誰かの声が聞こえてきた。
「母さんデベソのくせに……貧相でフラット設計のくせに……寄せて集めて上げようとしているくせに……あたしに楯突いた分際で……あたしが一番綺麗なのに……」
廊下の方からブツブツと聞こえる声。
みんな作業を中断し眉根を寄せ耳を澄ませる。
ガラ……ガラ……ガラ……
やがてゆっくりドアが開き顔を覗かせたのは予想通り、吉良会長。
会長の座には留まっているものの会長権限は全て剥奪され、今や裸の王様ならぬ裸の女王様の彼女。いいな、裸の女王様っての…… と思っていると白銀さんと妃織に同時に睨まれた。僕の脳内はどこからかダラダラ漏れているのだろうか。
気を取り直して吉良会長をみる。その顔は少しやつれ、目は焦点が定まらず、どこか少し狂気を帯びていた。
吉良会長を睨みつけたまま立ち上がったのは浅野部長。
「……」
しかし浅野部長は吉良会長を睨んだまま言葉を発さない。
「どうしたのよメガネブス。お前の彼氏は短小包茎だったわよね、はっ、はっはっは、は~はっはっは……」
見事なヒールっぷりだった。
全国高校生悪役大賞があるのなら是非彼女を推薦したい。
「……」
しかし浅野部長はそんな吉良会長を無言で、ただ睨みつけている。
「あら金髪ちゃん銀髪ちゃん、まだあたしに跪きにこないのかしら……あ、その恥ずかしいお顔と貧相な胸では恥ずかしくって廊下を歩けないのね。仕方ないわね、お~ほっほっほっほっほっほっほ……」
「……」
そんな吉良会長を金条寺さんと白銀さんは勝ち誇ったような、哀れむような表情でチラッと見ただけだった。
「何よ、貧相で平坦でブスでデベソで不感症のくせにこのあたしを無視するの?」
「……」
「何よ……何よ……」
やがて彼女の声はヒステリックな金切り声に変わっていき、先ほど感じた彼女の狂気が強くはっきり現れる。
「考古学部まであたしを完全に無視する気ね! あたしをバカにしてるんでしょ! 親の力を使ってあたしを陥れて…… さぞかしいい気分でしょうね! あたしのことを惨めな女だと思っているんでしょ! どうせ…… どうせあたしなんか……」
彼女のヒステリックな喚き声は超音波帯域に迫る。
「惨めよね、ええ惨めよね、惨めよねっ!」
最後は五七五で上手くまとめると、吉良会長は走って去っていった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
その後、考古学部には暫しの沈黙が訪れた。
「……いい気味よ……いい気味だわ……それでも私は貴女を許さないわ!」
やがて沈黙を破ったのは浅野部長だった。
「阿久里先輩は……阿久里先輩はもっともっと辛くて酷い目に遭ったのよ。ひとつも悪いことなんかしていないのに、貴女のせいで、貴女のわがままのせいで高校生活を棒に振ったのよ! 吉良も、吉良も苦しんだらいいのよ!」
そんな浅野部長をみんなは静かに見守っていた。




