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高嶺の花と意外な素顔3


 ぐらりと後ろに傾いだエミリーの両肩を抱き留め、リュシアンが焦る。掴まれた肩に力がこめられ、はっと我に返ったエミリーはリュシアンの胸を押し返した。


 「も、申し訳ございません! 危うく気絶するところでした」


 「どうした? もしや体調が悪いのか?」


 「いえ! 私は至って健康です!」


 「それならなぜ急に倒れた? 尋常ではなかったぞ。遠慮はいらない、正直に言ってくれ」


 慈悲を宿した真剣な面持ちで問われ、むむむと口ごもっていたエミリーは観念した。


 「リュシアン様の笑顔……とまではいえませんが、微かな笑みを拝見し、正気を保てませんでした」


 (何これ痴女みたいじゃない!?!?)


 羞恥で胃が捩じ切れそうになりながら打ち明けると、リュシアンの表情が消える。その後、突然己の頬を思い切り平手打ちしたリュシアンに、ひゅっと息を呑んだ。


 (ごごごごご尊顔に何ということを!!)


 悲鳴をあげそうになったエミリーは咄嗟に治癒を施そうとしたが、掌を突き出して止められた。


 「今のは戒めだ。人前で笑うまいと常に己を律してきたというのに、気が緩んでいたようだ。不快なものをお見せして本当に申し訳ない。二度と同じことを繰り返さないとここに誓おう」 


 腕を下ろしたリュシアンは胸に手を当て、悲壮感を漂わせながら頭を下げる。エミリーは困惑した。


 「いえ、あの、なぜ謝罪されるのでしょうか? 私は驚いただけで、不快だなんて思いませんでした」


 「ブラン嬢は優しいな。気を遣う必要はない。事実として私の笑みは醜悪で不快なものだ。過去にも多数の被害者がいて笑みを封印している。


 王太子殿下にも『目に毒だから絶対に人前で笑うな』と重々釘を刺されている。実際ブラン嬢も気絶しそうになっただろう?」 


 しゅんと肩を落とするリュシアン。それが母犬とはぐれて途方に暮れる子犬のようで胸がきゅうっと締め付けられた。


 「アルベール様は誤解しておられます」


 「?」


 「先ほどは確かに気絶しかけましたが、それは醜悪だからではなく、あまりにも素敵で胸を撃ち抜かれたからです」


 「!?」


 「王太子殿下が目に毒だとおっしゃったのは、アルベール様の笑顔が魅力的過ぎてご婦人方には刺激が強いと判断されたのでしょう。


 微笑であれほどの破壊力ですから、満面の笑みなど人前で披露した日にはときめきで死屍累々となること間違いありません。ご自身の身の安全のためにも普段は封印されるのがよろしいかと」


 「!?!?」


 混乱を極めるリュシアンは、視線を左右に彷徨わせた。


 「そ、そうなのか? まさか……本当に?」


 「はい。一撃必殺です」


 事の重大さを間違いなく伝えるため、深刻な面持ちで唇を引き結ぶ。次第に冷静さを取り戻したリュシアンは、肺の空気を空っぽにするように息を吐きだした。


 「色々と腑に落ちた。だから殿下は私にあのような物言いを」


 「失礼ですがアルベール様はご自身の美貌にあまりにも無頓着ではありませんか? 自他のためにきちんと自覚されるべきだと思います」


 容赦なく神々しい微笑みパンチを食らったエミリーは、にこぉ、と圧のある笑みを向ける。

 エミリーの背後にゴゴゴゴと禍々しいオーラを感じ、リュシアンはひくりと頬を引き攣らせた。


 「私の無自覚な振る舞いで迷惑を掛けて申し訳なかった。どうか許してもらえるだろうか?」


 「故意ではないと分かりますので怒っていませんよ。ただ忠告はさせていただきました」


 「君には情けないところばかり見られているな」


 「そうですか? 私は人間らしさに親しみを感じて、より素敵だと思いましたよ」


 素直に感じたことを口に出せば、表情を曇らせていたリュシアンは虚を突かれたように目を丸くした。


 (意外と感情が表に出るのね。完璧超人で鉄仮面なんて嘘。案外天然で抜けたところもあるのだわ。取り繕わないお姿の方がずっと魅力的。それにこんなに気さくにお話してくださるとは思わなかった)


 まだ誰も見つけていない宝物を見つけたような喜びを覚え、エミリーは口元に手を当てて笑った。


 「ふふっ。アルベール様は女性が苦手なのかと思っていましたが、そうではないのですね」


 「いや、こんな風に自然と会話が続くのは初めてで、私自身驚いている。婚約者だったご令嬢とさえまともに会話が成立しなかった。


 彼女は歩み寄ろうとしてくれたのに期待に応えられず、彼女の方から婚約破棄を望まれた。全て私に非があり言い訳のしようもない」


 リュシアンの頭上に再び暗雲が立ち込める。お相手のご令嬢の心変わりで破談になったという噂は耳にしていたが、具体的な経緯は知らない。ただ、察することはできる。


 婚約を覆すのは容易ではない。ましてや家格が下の者が上の者に対して異を唱えるのは困難で、よほどのことがない限り反故にはできない。


 それを逆手に取り、意中の令息と結ばれたのではないかと想像がついた。彼女が令嬢たちに『婚約者がありながら他の令息を誘惑し、厚顔無恥にも乗り換えた尻軽』などと非難されている要因はそのあたりにあるのだろう。


 (ご自分のせいで婚約破棄されたと罪悪感を抱えてらっしゃる上に、悪意ある噂を流されて詮索されて、気が休まらないのね。だから人目がなくて癒される場所を探してらっしゃったんだわ。


 だとしたら今のこの時間はアルベール様にとって心安らげる貴重なひととき。私にできることは、何も聞かなかったことにしてこの場を立ち去ることだけ)


 彼が芯の強い人であり、自分がつらい時でも人を慮る優しさを備えていることは十分に伝わった。彼はその場限りの慰めの言葉など期待していない。


 別れの挨拶を切り出そうとすると、暇の気配を感じ取ったリュシアンがふっと息を吐いた。


 「何も聞かないのだな」 


 好奇心を示さず、黙って微笑み返す。詮索するつもりはないとアピールしたつもりだったが、思いがけない言葉が返ってきた。


 「これも何かの縁だ。人助けの続きだと思って私の話を聞いてもらえないだろうか?」


 会話の継続を希望され、驚いた。戸惑いつつ頷くと、リュシアンはほっとしたように表情を和らげる。


 それにまた驚いたものの、リュシアンは気にした風もなく「さて、どこから話せばいいか……」と思案顔で自身の腕を組んだ。


 「私の元婚約者は元々母の友人のご息女で、婚約の話が持ち上がる前から何度か顔を合わせたことのある知人だった。しかしいざ婚約して二人の時間を過ごすようになってから、彼女は次第に表情を曇らせるようになり、元々少なかった会話もなくなっていった。


 何も言わないからといって何も感じていないわけではないというのに、気を配れなかった私の失態だ」


 胸を内を吐き出すように、リュシアンがため息を吐く。 


 「……だが、正直に言って婚約が破棄されて安堵している。私は彼女からの期待を重荷に感じていた。彼女が心変わりしたことについて何のわだかまりもないし、むしろ婚約破棄に至るほど思い詰めさせたことを心苦しく思っている。


 私が悪く言われるのはかまわないが、彼女が無作法だと責められるのはあまりに申し訳ない。そこで噂の出所を突き止めようとしたが、難しくてな……。王太子殿下には私が新たな婚約者を見つけて円満な関係を築くことを勧められた。それが最善だと私も思う。


 しかし、正直自信がない。はじめは女性の方から近付いてくるのだが、少し会話をすると十割の確率で離れていく。私はひどくつまらない男なのだ」 


 エミリーは瞳を細めて遠くを見遣った。本当に「ああ」「いや、遠慮する」「他をあたってくれ」の三種の神器で会話をしてたんだろうなぁ……としみじみ思う。


 「それはアルベール様に失望しているというよりも、自分に興味がないのだと思って諦めているのではないでしょうか?」


 「そうなのか……?」


 「ご本人ではないので真意は分かりませんが、普通は自分から声をかけるのは勇気がいるものです。特にアルベール様のお立場では下の者から声を掛けにくいでしょう。


 身分を問わない魔法学校とはいえ貴族の生徒に関しては社交界での立ち位置が自然と反映されます。


 お家柄だけでなく、容姿や能力にも優れておられますし、高嶺の花扱いされるのは当然かと。そんなアルベール様に素っ気ない態度を取られれば、その後積極的にお近づきになろうとはなかなかできません」


 そんなことは考えたこともなかった、とでも思っていそうなリュシアンのお顔にため息が漏れる。 


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