ときめき爆弾注意報1
秋が深まり、冬の気配が忍び寄る頃。
リュシアンと晴れて恋人になったエミリーはこの日、昼食を共にするために食堂を訪れていた。
縦長のテーブルがずらりと並ぶ広い食堂は天井が高く、大きな窓から陽光が差し込んで明るい。昼食時はいつも大勢の生徒で混みあうが、今日は人の多さとは別な理由で騒がしかった。
「あちらの席が空いているようだ。行ってみよう」
「はい、リュシアン様」
リュシアンの隣でトレイにのせた食事を運んでいると、四方八方から視線を感じた。
秋祭りの日にリュシアンと手を繋いで帰寮したという噂は光の速さで校内を駆け巡り、エミリーは難攻不落の高嶺の花を射止めた女生徒として一躍有名になった。
またとない幸運を掴んだご令嬢の顔を一目見たいと、わざわざBクラスまで見学に来る者たちまでいたほどだった。
(リュシアン様とはこれまで何も接点がなかったし、事情を知らない人達が驚くのは当然よね)
元々エミリーと面識があり、交流のあった友人たちは驚きつつも祝福してくれた。けれど、他の大多数の――特に婚約者の座を欲していたご令嬢方にとっては、腑に落ちない展開だったようだ。
傍目には家柄血筋以外に目立った長所はなく、容姿・成績ともに人並みのエミリーだ。突然リュシアンの恋人として隣にいるようになったことに疑念を抱き、訝しげな視線を向けて来る者がいても不思議ではない。
(でも、王太子殿下のお心遣いのおかげで、想像していたよりも穏やかに過ごせているわ)
不穏な空気を一早く察知したヴィクトルは、あえて大勢の人前でリュシアンとエミリーの関係を祝福した。さらに、何か困ったことがあれば率先して力になると約束してくれたのだ。
内心はどうあれ、王太子殿下の意に背いてまで批判するような者はいない。ヴィクトルには本当に感謝してもしきれなかった。
(それに何より、リュシアン様ご自身が私との関係を公にし、大切にしてくださっている)
リュシアンは名門公爵家の跡継ぎかつ優秀な魔法使いであり、人望もある。教師の信頼も厚い校内屈指の実力者として名が通っているため、わざわざ進んで彼の怒りを買おうとする者もおらず、結果としてエミリーは守られていた。
ひとつだけ予想外だったのは、時々、一部の女生徒たちから尊敬の眼差しを向けられるようになったことだ。
どうやら彼女たちはエミリーにだけ向けられるリュシアンの甘い笑みを目撃し、鉄仮面と比喩されていた彼とのギャップに衝撃を受けたようだ。
誰にも引き出せなかったリュシアンの笑顔を引き出し、独占する一見平凡なエミリーの存在は、恋愛に奥手な女生徒たちにとって希望の象徴――という大げさな話を、コレットが面白そうに笑って聞かせてくれた。
(好意的に受け入れてもらえるのは嬉しいし、ありがたいけど……ちょっと複雑な気分。
リュシアン様に気兼ねなく笑っていただきたいと思っているのに、私に向けてくださる特別な笑顔を他の人に見せたくないとも思う。
人前で笑顔を見せられるようになってきたことを喜ぶ気持ちも本当なのに。恋って難解ね)
自分の新しい一面を発見してふふっと笑みを零すと、リュシアンが「ん?」と瞳で問いかけてきた。
「すみません。大したことではないのですが、少し考え事をしていました」
「そうか。物思いに耽っている時の顔も、何気なく笑みを零す時の仕草も、君は全てが愛らしいな」
(ん”ん”っ)
エミリーへの想いを隠す気のないリュシアンが、キラキラと眩い眼差しを向けてくる。
恋人になってからというもの、リュシアンはちょっとした発言や仕草に対しても「可愛い」「綺麗だ」などと感嘆し、人目を憚らずエミリーを褒め殺すのでだんだん精神が参ってきている。
「あの、リュシアン様……。できれば昼食をご一緒する機会を少し減らしませんか?」
「なぜだ? 何か問題でも?」
「いいえ。ただ、リュシアン様は多くのご友人に恵まれています。リュシアン様と昼食を共にしたい方は少なくないと思うのです。なので、私に遠慮せずご友人とも過ごす機会を増やした方が良いかと」
「その心配はない。オレは元々殿下と昼食を摂ることが多かったし、同じクラスの友人とは毎日教室で顔を合わせている。だが、エミリーと会える時間は限られているだろう?
放課後共に自習室で勉強したり、談話室で休憩することもあるが、はっきり言って全然足りない。欲求不満だ」
「!!!!」
近くの席で食事を取りつつ、素知らぬ顔で聞き耳を立てていた女生徒たちが驚愕する。思わず手を滑らせてスプーンを床に落としてしまった者までいる。
あらぬ誤解を招くリュシアンの発言に焦り、すぐにでも訂正すべく、わざと大きな声で質問した。
「りゅ、リュシアン様! 今のはどういう意味でしょうかっ?」
「? もちろん、君と共に過ごす時間を増やしたいという意味だが」
邪な下心を感じさせないリュシアンが、無垢な眼差しでこちらを見ている。相変わらず自身の美貌と発言の影響力、年頃の女生徒たちのたくましい妄想力には無頓着だな……と内心や汗をかいた。
エミリーの困惑を感じ取ったリュシアンは、口をへの字に曲げた。
「昼食の件については、本当は毎日でも君と共にしたいと伝えただろう? だが、君が他の者とも過ごす時間を作るべきだというから二日に一度にした。君はあまり乗り気じゃないようだし、付き合わせて悪いが、これ以上譲歩するつもりはない」
不満を表し、不貞腐れるように顔を背けるリュシアン。弁明しようとしたエミリーがすぐに口を開いたが、その前にボソッと呟きが落ちた。
「……君はもっとオレに会いたいと思わないのか? 恋人になっても頑なに敬称を外さないし、二人きりの時でも未だに畏まった態度を取ってくる。オレばかりが君に夢中で、一方的に君を求めているようだ」
(ん”ん”っ)
子どものように拗ねるリュシアンがあまりに可愛くて、ぎゅぎゅっと心臓を掴まれた。




