王太子殿下の事情聴取1
「突然呼び出してすまないね。友人と話していただろう。邪魔をしたかな?」
「い、いえ、そんなことは。お気遣いは不要です」
ヴィクトルに案内された生徒会室に入ると、来客用と思われる椅子を勧められた。
座面がふかふかの一人用ソファにドキドキしながら腰掛けると、ヴィクトルがテーブルを挟んで向かいに座る。
護衛の方が慣れた様子でお茶とクッキーを出してくれたものの、それを楽しむ余裕はなかった。ヴィクトルはこちらの緊張をほぐすような柔らかい微笑を浮かべているが、全く隙がない。
「――さて、時間が限られているし単刀直入に聞こうか。今朝噂になっていたが、リュシアンが懇意にしている女性とは君のことだろう?」
「!!」
ヴィクトルの用件に思い当たり、ひゅっと息を呑む。そういえばヴィクトルはリュシアンの幼馴染で、気心の知れた親しい友人だ。
(となるとこれは取り調べだわ!)
内心だらだらと嫌な汗をかきながら黙って微笑を返すと、ヴィクトルの口角が上がる。
「あれほど女性が苦手で頑なな態度を崩さなかったリュシアンが、この数カ月でずいぶん成長した。といっても目を見て挨拶を返すとか、差し障りのない質問に答える程度だが、私から見れば目を瞠る変化だ。
どういう心境の変化か気になって本人に尋ねても口を割らなくてね。こちらで調べさせてもらったよ」
ヴィクトルは淡々と続けながらも、エミリーを注意深く観察している。僅かなヒントも見逃さず正体を見定めようとする態度に、ドクドクと心臓が早鐘を打った。
「報告によるとリュシアンには週に一度、人目を忍んで交流している女生徒がいる。それを知った時点で驚いたが、その相手が君で、君と会える日のリュシアンはどことなく嬉しそうなことに気付いてさらに驚いた。
鉄仮面と比喩される無表情な男でも、長年の付き合いだ。私は僅かな変化でも感情を読み取れる。だから君に興味があるんだ」
一拍置いたヴィクトルは、エミリーに強い眼差しを向けた。
「エミリー・ブラン伯爵令嬢。君はBクラス所属で、課外活動を含めてリュシアンとは何も接点がない。にも関わらず、どうやってあの堅物と親しくなったのかな?」
穏やかな口調を崩していないが、目が笑っていなくて怖い。下手な嘘や誤魔化しは通用しないというようなピリッとした空気が流れ、エミリーは固唾を飲んだ。
(なるほど、納得したわ。大切な友人に近付く女性に悪意がないか、ご自身の目で確かめたいのね)
情けなくも震えそうになる下半身に気合で力を入れ、まっすぐヴィクトルを見据えた。
「私にはお気に入りの場所があり、よくひとりで通っていました。そこは校舎から離れているためかいつも人気がないのですが、ある日リュシアン様をお見かけしたのです。その時に具合が悪いご様子でしたので声を掛けました。保健医を呼ぶかと」
「それでリュシアンは何と?」
「ご遠慮されました。けれどあまりに顔色が悪かったので、独断で治癒の魔法をかけました」
「なるほど。君は光魔法の使い手だったな」
「はい。それを感謝され、お話するようになりました」
「話を聞く限り、筋が通っているな。偶然居合わせたというのも本当なんだろう。ただ、助けたというだけで頻繁に会う関係に発展する理由にはならないな。経緯を聞いても?」
「はい。人助けの流れでお悩みをお伺いし、その後も時々ご相談を受けています」
「相談? リュシアンが君に?」
「はい……」
エメラルドの双眸が驚きに染まる。それも当然だ。
リュシアンは才能ある優秀な魔法使いで、豊富な知識と確かな技術は教師が賞賛するほどである。二学年にして既に校内屈指の実力者として学年問わず尊敬されている。
その上申し分のない家柄で、人望があり、ご友人にも恵まれている。そんな彼がこれといった取り柄もない下位クラスの女生徒にわざわざ相談を持ち掛けるというのはにわかに信じがたい話だ。
「失礼だが、正直に言って信じられないな。相談の内容は?」
「それは私の口からは申し上げられません」
「なぜ? 何か後ろめたいことでも?」
「そうではありません。ただ、ご本人の許可なく勝手に相談の内容を打ち明けるのはマナー違反ではないでしょうか。私は友人として信頼を裏切りたくありません。どうしてもとおっしゃるのであれば、リュシアン様ご本人に聞いてください」
「リュシアンか。君は名前を呼ぶ許しを得るほど親しいわけだ」
「っ!」
(しまった。余計な情報を与えてしまった)
己の迂闊さを呪いながら腿の上で掌を握り締める。
ヴィクトルは無言で長い足を組み、ソファの背にもたれると、肘置きに片肘をのせ、頬杖をついた。 それに驚いたが、ヴィクトルが微笑みを消し、気怠げにため息を吐いたのでさらなる衝撃を受けた。
「リュシアンの婚約者の座を狙って押しかける女生徒は絶えないが、その中で君の姿を見かけたことはない。君はリュシアンの婚約者の地位を望んでいるのではないのか?」
「はい。私は身の程を弁えております。リュシアン様の婚約者など到底釣り合いません。なのでリュシアン様に分不相応な想いを向けてご迷惑をお掛けするつもりはございません。本当にただの友人です」
「……君の言い分は分かった。それでもリュシアンの場合、女性の友人という立場が他の者の目にどれほど特別に映るか想像つくだろう?
その点、君は注目を浴び慣れておらず、そもそも目立つのを好まないように見受けられる。側にいて迷惑を被るのは君の方じゃないか?」
リュシアンを婚約者候補と見ておらず、平穏な学校生活を望むのであれば、距離を置くのが得策だとおっしゃりたいのだろう。その通りだと思う。けれどエミリーは引き下がらなかった。
「私から友人関係を解消する気はございません」
「誰もが羨む立場を手放すのが惜しいと?」
冷ややかな眼差しを注がれてカッと頬に熱が集まる。ヴィクトルはリュシアンの価値を正しく評価した上で、彼の友人としてもたらされる利益を指摘した。
つまり、エミリーがリュシアンを利用価値のある存在と認識して、利益を得る目的で側にいるのではないかと疑われているのだ。
邪推と謂れのない中傷を容赦なく突き付けられ、怒りと羞恥で胸が激しく搔き乱された。けれどヴィクトル相手に声を荒げることはできず、呼吸を整えてどうにか平静を保つ。
「そうではありません」
「ではなぜ?」
「私がリュシアン様のお力になりたいと思うからです」
事情を知らない人が聞けば、鼻で笑われるだろう。エミリーがリュシアンに与えられるものなど何もない、とんだ思い上がりだと。
(でも、リュシアン様は違う)
大きな勇気をくれると言ってくれた言葉は、エミリーに確かな自信をくれた。それは自分だけの宝物で、御守りのように胸で輝いている。
凛とした空気を放ち、視線を逸らさないエミリーにヴィクトルは瞠目した。やがてふっと微かな笑みを零す。




