OIS-007「言えない気持ち」
「まだテストじゃないのに、忙しそうだな?」
「ちょっと、予習の楽しさに目覚めたのさ」
大真面目な顔で答えれば、マジかなんて言われながら立ち去る級友。
まあ、休み時間に教科書を広げてる男子高校生なんてのは、レアだろうなとは思う。
ちらりと、教室の反対側でおしゃべりを楽しんでいる佑美を見る。
あちらはあちらで、楽しんでいるようで何よりだ。
男もそうと言えばそうだけど、女の子は同性との付き合いが大変だもんな。
(授業の後は、調べ物に使わないとな……)
実際問題、結構ぎりぎりである。
試験勉強に使う時間も、あまりないだろうという予感があるのだ。
かといって、佑美のいく異世界の事だけを考えるわけにもいかない。
成績が悪くなれば、親に連絡もいくだろうし、何か制限がかかるかもしれないのだ。
例えばそう、小遣いが減らされる、とかな。
「平均より少し上ぐらいは、維持していきたいな」
結局のところ、高校に限らず大体の勉強は授業という限られた時間にいきなり覚えようとするから混乱するのだと思う。
実際、こうしてちょっとした時間でも教科書を先に読んでおくだけでもだいぶ違う。
佑美は……その辺を考えているのかいないのか。
と、1つのことに気が付いた。
佑美と異世界の関係を考えると、いくらでも勉強時間がある!
「だからって、教科書持ち込みで異世界に行くのやだなあ……」
「こっちで1時間が向こうの1日なんだろ? 数時間だとしても使える時間が全然違う」
買い物を終え、帰宅した俺は佑美に勉強道具を押し付けた。
その意味では、向こうで見つかることを考えると何も持って行かないのがいいのだが、背に腹は代えられない。
聖女の秘密とか言っておけば、村人はいちいち探らないだろう……たぶん。
「行ってきます」
「おう、気をつけてな」
あっさりと、今日も俺は佑美を見送る。
不思議な、扉の向こう側へ。
そっと、彼女の消えた扉に手を触れようとして……引っ込める。
異世界が怖い? そういうのもあるかな。
ただ、今は同じ立場になって差が出るのが、怖かった。
「現実側の役割にすがる……か。情けないな」
佑美に聞かれたら、そんなことないって言われるかもしれない。
でも、この瞬間だけは躊躇してる自分が嫌だった。
そんな気持ちを誤魔化すように、佑美のためにと異世界での情報をまとめる。
「魔法と呼ばれる技能あり、怪物がいる、人口はそこそこ。怪物は肉食がほとんどなのか? どうやって生態系を維持してるんだろうな……。後は、技術部分か」
話を聞いてから、気にしていた項目を書き出していく。
火薬は、今のところないらしい。とはいえ、田舎だからかもしれない。
予想としては、魔法という存在が科学分野の発展を邪魔している。
(火を起こすのに、魔法が一般的ならそっちを使うよな)
攻撃に転用できそうな魔法自体は、それなりに一般的なようだった。
怪物退治に使えるほどの威力、だと才能が必須だが、生活の範囲では多くの人が使える。
そんな中でも、癒し、回復の魔法は希少らしい。
「家畜はある。でもあんまり効率は良くなさそうだな……畑は小麦が多かったみたいで、地球で言うとアジアよりヨーロッパ方面が近いか? えっと……地理の教科書はっと……」
こういう時、参考書や図鑑の偉大さを感じる。
どの地域がどんな文化だったかとかがすぐにわかるし、向いている作物なんかもわかる。
佑美が向こうで、どこまでの扱いを受けるかはわからないが、きっかけにはなるはずだ。
いきなり完成形の農法なんかは、正直使えない。
機械も無ければ、肥料とかだってないのだ。
「まずはペーハーの調整と、森から腐葉土とかの持ち出しか……。水の魔法はため池を作れるぐらいか? そんなわけはないよな」
綺麗な印刷の参考書には、区画がはっきりした畑が描かれている。
それを見て、単純に畑の広さとかもバラバラだろうなという考えに至る。
「新しい開墾は、決まった広さを1つの単位にしてもらうのはどうだろうか……たぶん、年貢みたいなのはあるだろうし、計算もしやすいよな」
ゲームのことでもないのに、まるでゲームの計画を立てているような気分になってきた。
問題は、実行するのは俺ではないことで、実行してくれるかも怪しいところだ。
「わかりにくい部分は無くして、一回やってみようかなぐらいの手間に……」
あり得ないことだが、先生に見られたら勉強もそのぐらい真剣にやってくれればと言われそうな光景だった。
「起きて!」
「はっ!?」
大声に慌てて起きると、見覚えのない部屋。
どうやら、いつの間にか机に突っ伏していたようだ。
普段はいない、佑美の部屋だから見覚えがないのも当然である。
「お風呂入った?」
「あ……まだだ。シャワーにするよ……」
のろのろと体を起こし、ふと佑美を見て……その姿に驚いた。
向こうに行った時は、ジャージ姿みたいな感じだったのに、どこかのアンティークショップで買ったのか?みたいな姿だった。
「似合ってるけど、どうしたんだそれ」
「これ? えっとね、村長さんがくれたの。こっちの服のままだと、目立つだろうからって」
たぶん、古着を仕立て直したんだろうけど、良く似合っている。
古い感じや、つぎはぎ感がないからかなり奮発してくれたに違いない。
聞く限りじゃ、服というか紡績関係も昔ながらのものだろうし……。
「大事にしないとな。たぶん、洗濯機だとすぐ痛むぞ」
「ほんとに!? うわ、そういえば向こうは手洗いばっかりだ」
すぐにでも脱ぎたそうだったので、俺はそそくさと風呂に行くことにした。
ちなみに、佑美の両親にも許可を貰うまでは、居間のソファーベッドを使わせてもらっている。
布団を持ち込めば、特に問題はない。
シャワーでさっぱりして部屋に戻ると、佑美は真剣な様子で俺の書いていたノートを見ていた。
「参考になりそうか?」
「え? う、うん……すごい。こんなに考えてくれてたんだ」
「まだまとめ切ってないから、飛び飛びだろう?」
書き散らかした状態だから、少し恥ずかしいのだが佑美の反応は違った。
キラキラと、少女漫画のヒロインみたいに目を輝かせて、ノートを抱きしめる。
「ありがとう……でいいのかな? 私、何も出来てないけど」
「別に見返りが欲しくてやってるわけじゃないさ。それに……いや、なんでもない」
どういうこと?なんて顔をする佑美を真っすぐ見ていられなかった。
異世界にいるだろう誰かに、佑美を取られるのが嫌だからなんて、直接言えるわけがない。
「全部実現できるとは限らないから、ゆっくりとな」
「わかった。頑張るね!」
今日のところは、佑美の笑顔を報酬ということにしておこう。




