OIS-003「秘密の共有」
「聖女かぁ……」
「うん。びっくりしたでしょ?」
そりゃあ、そうだ。
これで驚かない奴がいたら、ぜひ見て見たい。
ゲームの事か?と聞くには、もう遅い。
佑美の後ろに、変な扉が浮いていなければ、いや……半分出て来た姿を見ていなければ、言えたかもな。
ちょこんと、女の子座りでしょんぼりした様子の佑美は、最近見たことがない姿だった。
思い返せば、お互いに大きくなってきてからは手をつないででかけるなんてこともしなくなったな。
「とりあえず、それ出しっぱなしなのか?」
「おっと。たっくんは異世界って信じる?」
「信じないわけにはいかないだろ……だから聖女?っていう疑問はあるけども」
まるで腕のいいマジシャンのように、ぱちんと指弾き1つで扉が消える。
そうしてしまえば、いつもと同じ、最近入ることの少なかった幼馴染の部屋だ。
思い出したかのように、鼻に部屋の匂いが飛び込んでくる。佑美の、香り。
「ええっと……聖女ってことはこう、回復魔法とかそういうのか?」
「あー……まだ修行中かな。どっちかっていうと、知らないことを知っているって扱いかなあ」
「そういうことか。佑美、お前……現地で口出ししたな? なんでこうしないの?とか」
佑美だけなく、俺だってインドアで、いわゆるオタク方面に理解ある趣味だ。
むしろ、どちらもライトな方では間違いなく、オタクだ。
だからこそ、すぐに行きついた。
異世界にいったら、やってみたいこと、なんてのはいくつもある。
「な、なんで!?」
「何年一緒にいると思ってるんだよ。髪飾りは、何かのお礼にもらったってことか……」
加工技術はそこそこ、農業もやってるぐらいの文化はある……か。
見知らぬ存在であろう佑美を受け入れてるってことは、人が良いか、やばさを感じ取ってるか……さて?
「求婚とかされてないか、大丈夫か?」
「そんなんじゃないよ。向こうに飛んじゃった時にさ、小さい男の子に助けてもらったの。案内された先に、田舎みたいな村があって……今はそこで色々やってて、この前言ったもりもりってなったお礼だって」
佑美の表情はコロコロ変わる。たぶん、知らない場所にいたときの怖さや、その後の出会いなんかを思い出してるからだろう。
いくつも聞きたいことはあるが……。
「なるほどな。それで、自由に行き来できそうなのか、さっきの魔法?で」
「そうみたい。向こうで2、3日過ごしてても、こっちだと数時間なんだよ。こっちにいる時は1日が向こうでも1日っぽい。すごくない? あっ、向こうで過ごし過ぎると浦島太郎かな?」
「それは今考えることじゃないと思うが……佑美、明日病院に行くぞ」
え?なんていう佑美に、ため息1つ。
間違いなく、当人だとわからない問題だな。
俺も、向こうにいったなら、思い至らない可能性が高い。
机に広げっぱなしのノートとシャーペンを使い、説明を始める。
「佑美の話しぶりだと、向こうには同じような人間の姿をした存在がいる。食べ物も同じような感じだったんだろう? であれば、病気だってお互いに感染し合うことが考えられる。佑美、日本ほど衛生事情がしっかりしてる国はこっちでもかなり珍しいんだ」
「もしかしてあれ? たまにテレビでやってる、ジャングルの奥地に未開の部族が!ってやつ」
その通りなので、頷きだけを返す。
佑美は無事でも、あっちの人間はこっちの病気に抵抗できないかもしれない。
そう告げると、真剣さを増して体を乗り出してきた。
試験勉強より必死そうなのは、本物に出会ってるってことだなと思う俺だった。
「父さんたちが、帰ってきたのがついこないだでよかったな。それ以来、微妙にだるい時があるとかいっておけば検査もしてもらいやすいだろう」
「ええー、そんなことしたらあっちも検査にならない?」
「外れだったら外れでいいんだよ。もしかして、がこういうのには大事だからな」
両親たちが一時帰国した時に、心配とかされるかもしれないが、それで済むなら安いもんだ。
佑美が病原体を持ち込んだり、持ち帰ってこなければ……ば?
「なあ、佑美。まさかと思うが身に付けていた物以外を持って行ったり、向こうから持って帰ってきてないよな? 例えば生き物とか」
「え? まずかった? 美味しいって言ってたじゃない」
衝撃的な、一言。
慌てて自分の体をあちこち触って確認し、何事もないことにほっとする。
どうしたの?なんてのんきに見てくる佑美を見て、何かが切れた。
「今、何の話をしてたかはわかるか?」
「ええ。風邪1つでも、お互いの風邪と違ったらひどいことになるかもみたいな話でしょ? それが……ああ!」
ようやく彼女も気が付いたらしい。
食べるものさえ、土地が違えばお腹を壊したりするのだ。
ましてや世界が違えば、変な結果になってもおかしくない。
髪飾りも、まずいと言えばまずいのだけど、生き物だと危険度は跳ね上がる。
「佑美、脱げ」
「へ?」
「いいから! 変な蕁麻疹とか出てるかもしれないだろ!」
さっきの発言と矛盾しているが、下手に医者にかかって感染するようなものだったらマズイ。
その時の俺は、頭からは既に学校にいってるじゃないか、今さらということは抜け落ちていた。
「ええ!? ちょ、待って!」
「大丈夫だ。俺も脱ぐ、俺も見てくれ!」
ガバっと上を脱げば、ひゃって声を出して佑美が固まる。
チャンスとばかりに、彼女をベッドに押し倒した。
手を上に上げさせ、お腹をめくれば、今のところ染み1つない綺麗なお腹が見え……蹴られた。
「いってー……なにすんだよ」
「それはこっちのセリフよ! そんなことされなくなって……別に……」
もじもじと、赤くなって揺れる佑美を見て少し落ち着きが戻って来た。
さっきの俺、単純に佑美を襲ってるみたいだったよな……うぐっ。
「ごめん。変な病気になってたらまずいと思って」
「それは……うん。ありがと。あんまり見ないでよ? 恥ずかしいんだから」
ささやくようにつぶやいた後、佑美はゆっくりと服を脱いでいった。
当たり前と言えば当たり前だが、大きくなった佑美のこんな姿を見るのは初めてだ。
今さら恥ずかしさがこみあげてくる。
「じゃあ、見るぞ」
「いちいち言わない! もう……」
ベッドに座る佑美に近づき、体を確認していく。
(これは検査、これは検査……)
背中や腰を順番に確認していって、ふと……女の子の体になってるんだな、なんて思ってしまった。
そうなったらもう恥ずかしさは止まらない。
だって、はたから見たらこれからそういうことをする直前にしか見えない。
「だ、大丈夫そうだ。じゃ、俺はこれで」
「ちょっと!? 私だけ恥ずかしい思いをさせる気!?」
着替えて出ていこうとした足が止まる。
もっともな話だからだ。
さび付いたロボットのように体を動かし、座り直す。
決してよそでは語れない、2人だけの秘密が産まれた日だった。




