OIS-032「変わる覚悟と、応える魂」
「佑美、疲れてないか?」
「どうしたの、急に」
帰ってくる返事も、いつものように見えて……少し、ほんの少し違う。
クラスメイトぐらいだとわからないだろう、ちょっとしたもの。
「疲れてると、両手でトーストを持つ癖、変わってないな」
「そ、そうだっけ……さすがたっくん、かな?」
まるでリスのようだ、とは言わない。
ちまちまとかじるように食べるのは、見ていて可愛いけどな。
学校があるからか、食べる手は止めずにもぐもぐと考え始めた。
俺としては、別に理由を話してもらう必要はないのだ。
単に、心配しただけなのだから。
「前の怪物迎撃があったでしょ? あれから、ちょっと考え方を変えたの。大々的に聖女だと名乗り出るつもりもないけど、だからって引きこもってるのも違うかなって」
「ふうむ……わからんでもない。向こうの薬、薬草とかポーションの類で治るからって癒しの魔法を使わない理由になるか?ってところだろ?」
これに関しては、前から悩んでいるらしいことは聞いていた。
それに、癒しの魔法も万能ではないから、助けられなかったときにどういう反応が来るか怖いぞ、とも。
医療が、あまり発達していないらしい世界だ。
強すぎる癒しの力は、どう考えても権力者の気を引いてしまうだろう。
だからといって、手出しは最小限に……というのも、難しい。
時間が来たので、外に出ながら会話は続ける。
誰かに聞かれても、多分ゲームとかの話だって思われるだろう内容だ。
「癒しの魔法自体は、他の人でも何人か使える人がいるんだ。でも、私のは随分違うみたい。魔法はイメージが大事なのかなって感じるの。お医者さんじゃないけど、私だって体の仕組みとか知ってるじゃない? だからかな、跡も残りにくいらしくて」
「誰かに教えるってのも難しいしな。まあ、いいんじゃないか? ほら、攻撃魔法だってあっちには天才というか、才能がある人は強いんだろう? たまたま、で良いと思うぞ」
これには、答えがないかなとも思う。
大事なのは、佑美がストレスを感じないように過ごせるか、だ。
だったら、使うのを躊躇してストレスを感じないように、動きやすくするにはどうするか、を考えたほうがいい。
「討伐にも付き合ってるみたいだし、階位だったか?があがって上手く使えるようになってきたってしたらどうかな」
「やっぱりそうかな? うん、ちょっと相談してみるね。ありがとっ!」
学校に着くころには、朝感じた疲れた様子も消え、すっきりした様子の佑美は自分の席に向かった。
そんな彼女を眺めつつ、俺も授業に備える。
最近、家だとやってる暇がないのもあって授業を真剣に聞けているように思う。
(調べ物もたくさんしたから、重要な部分はどこかって感じる力が付いたのかな?)
退屈なはずの毎日は、目的と目標が出来てからは随分変わった。
将来、佑美のいっている異世界に一緒にいけたら行く、いけなくてもそばにいる。
そう覚悟を、決めたからかもしれない。
何度目かのチャイムの後、放課後となる。
「今日はハンバーグにしよっか?」
「こねるのはやってもらうぞ? 焼くのは任せろ」
本当なら、制服のままお店に寄るのは学校によっては怒られるかもしれない。
俺たちは、事情を説明済みで気にしないし、俺たちの通う学校そのものも、あまりうるさくない。
それでも、スーパーの食品売り場に出入りするのは限られてるとは思うけれども。
「あ、飴玉大袋入りだって」
「俺は別に……ああ、この包装なら向こうに持って行ったらどうだ? ゴミは出さないようにしないといけないけど」
全体に地味な、余分な装飾のない包装。
これなら、あまり目立たないかもしれない。
ビニール自体は、商売人に見つかるようなことがなければそう問題には……微妙かな?
「だったら缶にまとめて入ってる奴にしようかな? これなら剥がしちゃえばわかんないもんね」
「うんうん。貴重な砂糖菓子だって言って、何かと交換もしていいかもな」
そろそろ、コスプレにどうぞとかまたフリマアプリで売ってもいい時期だ。
どこかのタイミングで、家の倉庫にでも異世界の物品をため込んでおかないといけない。
卒業と同時に、輸入雑貨店みたいなのをやってみたいと親を説得するためだ。
(問題は、実際にこっちで輸入をするか、秘密をばらすかなんだよな……)
このあたりは、今後の佑美との話し合いで決める部分だ。
今は、向こうでの立場や状況をしっかりと固める時期。
帰宅し、食事を終え、洗濯なんかもしたらいつもの時間。
佑美を、異世界に送り出す時間だ。
「病気と怪我は違う。相手の体力も考えた癒しの行使を」
「そうだ。気をつけろよ?」
今日からは、朝考えていたように癒しの魔法を気にする方向でいくらしい。
なんでも、前の戦いを生き残った怪物が各地で散発的に暴れてるらしいのだ。
同時に、国同士も少しキナ臭そうとも。
「きついことを言うようだけど、佑美が誰かを助けるために戻ってこなかったとか、そういうことがあったら俺はずっと向こうに行く方法を探して生きると思う。必ず、戻ってきてくれ」
「たっくんの愛が、重いなあ……」
笑う佑美だけど、内心彼女も、怖いんだとは思う。
だからこそ、軽く抱きしめてあげるのだ。
無言の時間が少し過ぎ、彼女が俺から離れた。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
異世界に向かう彼女は、覚悟を決めた顔つきで、なんだか別人のように見えたのだった。




